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7りんがゆく 第一章 ~とんこつラーメン~  [フィクション]

今回は、マカティの、『7RIN』、を取材しました!
7rin看板.jpg
訪問日は、3月7日です。

場所は、カマゴンストリートの、カルテックスのスタンドの前にあります。
ここは、安くて美味しい焼き肉屋さんでもありますが、何を隠そう、本格的とんこつラーメンを、食べさせてくれることで有名な店でもあります。

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店内の雰囲気です!

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オープンスペースなので、喫煙される方にもいいですね!

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バーです。
お洒落ですね!

今回の訪問の目的は、焼き肉ではなく、とんこつラーメンにあります。
注文後暫くして・・・・・

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とんこつラーメン、完成で~す♪♪
少し、ピンボケですが・・・

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これなら、まだましですかね?
ビジュアル的には、オーソドックスなとんこつラーメンですね!!

クルトン.jpg
クルトン状に浮いているのは、豚の背油を油で揚げた物です。
フィリピンでは、いいラードが手に入らないので、苦肉の策だそうですが、香ばしくて結構いけます!

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自家製のチャーシューは、一度とんこつスープで茹でた物を、蒸し器で蒸すやり方だそうです。
とろける感じで、美味ですね~♪♪

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麺は少し、ウエーブが掛かっていますが、つるるるして旨いです!

数分後、完食しましたが、本当にとっても美味しいとんこつラーメンでした。
マニラでは、本格的なラーメンには、中々お目に掛かれません!!
さすがに、福岡出進のマスターが、作るだけのことはあります。

とその時、マスターが出て来られました。
P3070052.jpg
マスターの冨山さんです!
写真掲載の許可を貰い、お話を伺いました。

本業の焼肉は勿論、とんこつラーメンには、情熱を燃やしており、もっともっと美味しいラーメンを、追求していきたいと、仰っておられました。
肝心のとんこつスープも、骨を一回につき40~80kg仕入れて、数種類の野菜と合わせ、何と、20時間以上煮込むのだそうです。
そこに、秘伝の醤油だれをブレンドしますが、残念ながら、たれは企業秘密だそうです。

やはり、こだわりの味だったのですね。
マスターの話によれば、よりとんこつラーメンの味を極める為に、日系の製麺会社に、とんこつラーメン用のストレート細麺を依頼中だそうで、それが実現したら、もっと完璧で、素晴らしい味になると云われていましたが、自分的には、これでもう充分です!
こだわりついでに、焼肉についてもお話をお伺いしました。

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使われている七輪は、日本からの特注品で、珪藻土で出来ている逸品なのだそうです。
自分の家にも欲しいなと思いましたが、値段を聞いて驚きました。
まず購入は、無理ですね!(涙)

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炭もこれ、日本からオガ備長炭を仕入れて使っています。
いやあ環境にも優しく、美味しいはずですねえ・・・

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これが、箱の中身です。

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いい色に、燃え盛っていますよ!

最後にサービスで、この店の最大の特徴、メイド服のウエイトレスで~す!(爆)
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いやもう、サービス満点ですわ!!!(笑)

ちなみに焼肉は、牛かルビ、塩タン、レバー、豚バラ、鶏もも、野菜など、食べ放題なら、ご飯や野菜サラダ、ワカメスープがついて、90分、男性P599、女性P499の、超お値打ち価格になっています。
次回はこの店で、『7RINがゆく 第二章 ~チャンポン対決~ 』、と銘を打って、この方と7RINのマスターとの、チャンポン対決の模様を、レポートしたいと思います。
お楽しみに!!!


続く・・・(爆)


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英造がゆく ~呂宋漂流記~ 其の十 [フィクション]

英造は、やたらに喉が渇いて仕方がなかった。
これだけの連中を、引率してきたのだ。
当然のことかも知れない。
空港の外の、むっとした空気に包まれたせいか、余計それを感じた英造だが、今は真っ先に、お迎え口の金網の外にトニーの姿を探さねばならない。

放って置けば、源じいなどが何をしでかすか、知れたものではなかった。
英造は、みんなと離れて行動するのを、極端に恐れるようになったから、思うように行動を取れない。
みんなをそこに引き留めたまま、暫くトニーが見つけてくれるのを待つしかなかったが、幸いにしてトニーは、それから5分後には、英造たちの目の前に現れた。
英造には、地獄に仏とはこのことである。

トニーは仲間を引き連れ、2台のバンを用意してきていた。
英造は、用心のために、自分が乗るトニーの車には、親父の豪造と源じい、それに漁協組合長の権頭(ごんどう)も一緒に乗せることにした。
これなら彼らが少々暴れようが、自分がいるので安心かも知れない。
これが油断であったと知ったのは、乗車後、僅か3分後のことであった。

何とトニーのバンには、助手席に、セシルが乗ってきていたのである。
トニーが気を利かせたのであろうが、何というタイミングの悪さであろう。
(あれだけ、トニーには電話で言い聞かせていたのに・・・・)
この辺が、トニーの日本語の読解力の、限界であったかも知れない。
彼は、完全には理解していなかったのである。

英造が隠しておきたかったことは、今は風前の灯火になってきたようだ。
セシルは、英造の顔を見るとにこっと笑って迎えたが、英造の顔は半分喜び半分は引き攣っていた。
これを、何と豪造たちに説明したらいいのであろう。
そこに向けて、トニーが運転をしながら、禁断の言葉を口にした。
『英造さん、あなたの恋人、あなた来るの楽しみに待ってたよ~良かったね~早く会えて!』

『ひっ・・・・・・・・・・』
英造は、一瞬聞こえない振りをしようとしたが、それを豪造が聞き逃すはずは無かった。
『な、何じゃと英造、い今この運ちゃんが言うたことは本当か?』
英造は、全身毛穴から、一気に汗が噴出すのを感じた。
『えっ、あっ、ああ、う、うん』

『返事をちゃんとせい、今この男の言うたことは、本当かと尋ねておるのじゃ!』
『い、いやまだ恋人ということでは・・・』
『では、違うのか?』
『いや、何というか、それはその・・・・』
英造が、返事に窮していた時である。

豪造の隣に座っていた源じいが、いきり立って言った。
『ひでぞ~、本当のことを言わんと、わしが折檻してやるど~』
そう言うと源じいは、英造の髪を掴んだと思うと、思い切り引っ張った。
『どひゃあ・・・あいてててて・・・』
それを見たセシルが、悲鳴を上げる。

車内はもう、パニックになってしまったのは言うまでも無い。
トニーも何が何だか分からずに、急ブレーキを掛けて道路わきにバンを停めた。
『いたたたたたた、げ、源じい、た頼むからやめてくれ、いたたたたたたた・・・・・』
トニーが何とか収めようとしたが、酔った源じいが、そう簡単には英造の髪を離さなかった。
豪造はともかく、他の連中は又始まったと云うように、にやにや見つめているだけである。


続く・・・・・


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英造がゆく ~呂宋漂流記~ 其の拾壱 [フィクション]

英造は、とうとう音を上げた。
『は、話す、話すから、か、髪を引っ張るのはやめてくれ~』
源じいは、それを聞くと、ようやく英造の髪を握っている手を緩めた。
『あいたたたたた、もう本気で引っ張るからなあ、源じいは・・・』
英造が、手を振りほどこうとしたが、源じいはびくともしなかった。

老いても、ますます盛んな源じいだけのことはあるが、英造にとっては、いい迷惑だけのことだ。
と、その時である。
いきなりセシルが、胸を押えながら苦しみ始めた。
心臓の発作が、起こったのだ。
見ると、相当苦しがっている。

トニーが慌てて、叫んだ。
『あわわわ、病院連れて行かなくちゃ・・・』
英造も、慌てていた。
『は、早く、行こう、行こう!!』
何が何だか、さっぱり分からない連中はそのまま乗せたまま、車は一気に病院に向かった。

一体何が起こったのか?
豪造にしても、源じいにしても、皆目分からなかった。
但し、英造にとって、2回目のマニラ訪問が、最悪の幕開けになったことだけは、間違いなさそうだ。
車が、病院に着いた。
エマージェンシールームに、セシルを運んだ。

トニーもそうだが、英造も顔が青ざめている。
幸いに、ドクターはそこにいた。
昼間だから、良かったといえるが、これが夜だったら、当直の医師は少ないであろうし、専門外の医者であったら、処置を間違う恐れもある。
ドクターは、心臓病には詳しいらしく、てきぱきと注射や点滴で、何とか発作を取り留めた。

それらの処置の間、待合室で英造は、皆からやり込められていた。
『ひで!これは一体、どうなっておるんじゃ?』
豪造、源じい、権頭の3人は、矢も立てに英造を攻め込んだ。
英造は、観念して全てを話すしかなかった。
かれは、ありのままに、全てを聞かせてしまったのである。

こうして英造は、マニラに到着してから、僅か数時間で、自分の計画が破れたことになってしまった。
ついてないとも云えるが、結果的にはこれが幸いするとは、後で、思いも寄らなかった英造だ。
セシルの発作は何とか収まったが、今晩は様子を見て病院に入院することになったので、皆はひとまず、ホテルに入ることになった。
皆にとっちめられた格好の英造であったが、そう落ち込んでばかりも居られない。

セシルの容態が心配で、ホテル何ぞでゆっくりはしたくなかったのだが、トニーの奥さんが、病院に駆けつけてきたので、彼女が付き添いになる代わりに、トニーが皆を、先にチェックインさせると言い出したのである。
妹思いのトニーではあるが、医者が、絶対に大丈夫だと言うし、これだけの団体客なので、自分の儲けのことも考えたら、そうは勝手は許されなかった。

問題は、英造である。
自分との計画がうまくいかないで、そのことはさっき病院で話したのだが、かなり英造に対しては、責任を感じるトニーであった。
しかし、もうことは終わってしまったのだ。
くよくよしても、仕方は無い。


続く・・・・・(次回更新は、未定です)


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英造がゆく ~呂宋漂流記~ 其の拾二 [フィクション]

トニーの反省は他所に、その頃ホテルでは、大変なことがおこっていた。
英造への説教が始まるのかと思いきや、ホテルの部屋に入るなり、ドンちゃん騒ぎを始めたのだ。
きっかけは、勿論源じいである。
源じいは、飛行機の中でも泥酔していたが、ホテルに着くと、瞬く間にミニバーにあった、ビールブランデー、ジンなどを全て飲み尽くしてしまった。

それも、チェックインしてわずか数十分後のことである。
自分の部屋の物を飲み尽くすと、当然また酒が欲しくなる源じいであった。
組合長の権頭の部屋になだれ込み、権頭がまだ一本目のビールを飲み始めた最中なのに、勝手に冷蔵庫を開け、ばかすか飲み始めたのである。
怒ったのは、権頭だ。

『源じい、何をするんじゃ、それはわしの酒じゃ、自分の部屋の奴を飲まんかい、自分の部屋のを!』
そう、息巻いて云った。
『馬鹿こけ、わしのはとうに無くなったわ!だからお前のを飲んでやっとるんじゃ・・・』
源じいも、負けずに言い返す。
権頭は、熱くなってしまった。

『おのれ~』
そう叫ぶと、源じいに飛び掛るのかと思いきやそうではなく、隣の豪造の部屋になだれ込んだ。
そうして、こともあろうに今度は権頭が、豪造の部屋の冷蔵庫を開けて勝手に飲み始めた。
『う、うわあ、なにさらすんじゃ~?』
何故か関西弁になった、豪造が叫んだ。

そうして、この騒動は連鎖し、今やこの漁協組合の連中の、部屋の全てで酒盛りが始まり、足りない酒はトニーを呼んでフロントから持って来させ、上や下への大騒ぎになり、この大酒盛りが部屋の外にまで波及して、とうとう廊下のど真ん中で、取っ組み合いの酒の取り合いまで始まってしまった。
英造は、自分の部屋でセシルのことを考え頭を抱えていたが、外があまりにも騒がしいので、ドアを開けて廊下を覗いてみた。

不幸なことに、覗いたばかりの英造の目を、源じいが捉えてしまっていてこう云った。
『ひ、英造、ええ所に来た、さ、酒が足りん、あとつまみも持って来い、そ、それから、あ、あれは何ちゅうたか、コンパニヤン・・・、い、いやコンパニオンの綺麗所のねえちゃんも3~4人連れて来い。分かったか?、分かったら早うせい!!』
『ひえっ!!』

英造は、腰を抜かしそうになった。
源じいは、相当酔いが回っているらしく、睨め廻すような目付きで英造を見据えた。
英造は、トニーに相談すべく、一階のロビーに居るはずの、彼を探しに急いで降りていった。
トニーはトニーで、フロントで、ホテルのマネージャーに絞られていた。
あまりの騒がしさに、他の客から、苦情が殺到していたのである。

もちろん、このツアーの責任者は、トニーにあった。
彼がこのホテルの宿泊も、アレンジしたのである。
マネージやーに何とかしてくれとせっつかれ、流石のトニーもほとほと弱りかけていた。
そこに、英造のこの要望である。
トニーは考え込んで、熊のように右往左往しながら、ロビーの中をぐるぐる回った。

『そうだ!』
トニーがいい考えが閃いたのか、一瞬明るい顔をしながらそう叫んだ。
トニーの親友に、ローカルカラオケをやっている人間が居る。
そいつに頼んで、そこを貸切にして貰おう。
そうすれば、どんなに騒ごうが構わないし、人に迷惑を掛けることは無い。


続く・・・・・


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英造がゆく ~呂宋漂流記~ 其の拾参 [フィクション]

トニーは、英造にも相談をし、とにかく皆を連れてホテルを出ようと考えた。
これは、正解であったろう。
このままでは、警察沙汰にもなりかねない。
トニーと英造が、必死で皆を説得しようとしたが、かなり酔っていて収拾が付かず困っていた所に、源じいに『女の居る所に連れていくから・・』、というと、『おお、そうか!』と、一発で承諾が出た。

鶴の一声とは、このことであろう。
源じいの、
『おいみんな、女の居る所に行くぞ~』
その声に、やんややんや大喝采がおこり、議題は、あっさりと一決されたのである。
トニーも英造は、呆れてしまった。

何やら胸騒ぎがするのは、作者の気のせいであろうか、一行は、2台のバンに分乗して、ホテルを、一旦後にすることにした。
行く先は、マラテにあるローカルKTVである。
そこにはトニーの親友が店を構えており、女の子も10人前後は居た。
トニーは、前もって電話をしておいて、他に客は入れないで欲しいと伝えておいた。

房総半島の、荒くれ漁師の男達である。
酒も好きなら、女は、もっと大好きだ。
特に源じいや権頭は、その中でも横綱級と云ってよい。
英造のおやじの豪造も嫌いな方ではないし、この選択がはっきり云って、良かったのか悪かったのか、それは神のみぞ知ることであろう。

そうこうする内に、一行は、店まで到着した。
興奮した源じいを始め、みんなが一斉に、店の中までなだれ込んで行ったのは云うまでも無い。
この男達には、恥も外聞もなかった。
ただ、本能のままに行動するのは、海の狩人としての宿命なのであろうか?
理屈はいい。

男たちが飛び込んで入った先には、酒池肉林が待っていた。
理性の働かない場所では、些細な理性の持ち主など、何の発言権も持たなかった。
トニーも英造も、ただただ、茫然と眺めるだけに過ぎなかったのである。
作者は、ここの場面の描写は、避けるべきであろう。
ただ、筆に絶するような光景であったのは、間違いない。

ローカルKTVでの時間が、1時間を過ぎようとした頃・・・
この店の常連である、あるチンピラの一団がやって来ようとしていた。
この辺りを取り仕切っているギャングの子分たちで、『ブラックキャッツ』、のメンバー達である。
頭分のボニーは、トニーも面識はあるが、凶暴な男で、彼も苦手にしている要注意人物だ。
トニーの友達であるこの店の経営者も、彼らにはいつも、ほとほと困らされていた。

ローカルKTV、『キュート』は、貸切のなので、勿論、看板に灯りは入れていない。
但し、大音響で音楽は鳴り響いていた。
あくまでもローカルKTVなので、日本の曲は有ろうはずは無いが、源じいが、『それならデスコをやるのじゃー』、の一言で、今やハードロックに合わせて、盆踊りまがいの踊りを、女の子たちと、激しく踊っている一行であったのである。

『ブラックキャッツ』の連中は、店の前に来て首をかしげた。
看板は消えているのに、この騒ぎは何なのであろう。
ボニーは、激しくドアを叩いてみた。
反応が無いのでドアを開けてみると、そこには半裸になった男たちや、女たちが踊り狂っていた。
ボニーは、トニーの姿を見つけて、彼を外に呼び出した。

トニーは、ボニーの顔を見て嫌な顔をしたが、無視するわけにもいかないので、仕方なく外へ出たが、一体何の用事があるというのであろう?
ボニーの質問にトニーが答えたが、案の定ボニーは、トニーに難癖をつけてきた。
今すぐ、皆を帰せという。
彼らが、目障りだと言うのだ。

そう云われたが、トニーもすんなりうんと言うわけは無かった。
抵抗はしたが、ボニーが刃物を出してきたので、結局は云うことを聞かざるを得ない。
しかし、今のこの飲んで騒いでいる連中を、どうやったら納得さすことが出来るのであろう?
英造に相談してみたが、無駄だと、首を振るばかりである。
漁師たちが、なかなか帰らないのを見たボニーは、次第に熱くなってきた。

トニーを探したが、何処に隠れたのか、いつの間にか、ここの店主と一緒に、消えてしまっている。
英造も、もはや半ば諦めていた。
こうなれば、一騒動は免れぬであろう。
何故なら、英造は知っていたのだ。
漁師は酒よりも女、女よりももっともっと好きなのが、『喧嘩』、だということを・・・・・


続く・・・・・



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英造がゆく ~呂宋漂流記~ 其の拾四 [フィクション]

ボニーは、このまま行くと埒が明かないので、その辺の奴に脅しを掛けるつもりで、一人の男の背中に刃物を近づけ、どすの利いた声で、『おい、お前たち・・・』、と言ったが、勿論言葉が通じなかった。
その男は振り向いたが、その刃物を見ても、動じる気配はなかった。
そこへ、英造が近づいてきてこう云った。
『源じい、気をつけな、そいつはわしらが気にいらんらしい・・・』

『ふぉっ・・・』
源じいは、軽く笑ったと同時にボニーの懐に入ると、その刃物を握った手をねじり曲げていた。
そうして、今度は足を払い、刃物を落とすと、ボニーを組み敷いてしまった。
毎日、数百キロもある網を、上げていた源じいである。
握力だけなら、78歳になった今でも、若い漁師には誰にも負けなかった。

しかし、何という機敏な動きであろう。
英造は、見ているだけで、舌を巻いてしまった。
『あいたたたたたたた・・・・』
ボニーは、源じいの下で、喚いている。
こうなれば、他の連中がだまっている訳はなかった。

みんなして、源じいに襲い掛かったが、それを見ていた豪造や権頭の仲間たちは、それ一大事とばかりに、源じいのもとに終結したが、皆の意に反して、彼はこう叫んだ。
『おっ、おいおい、わしの獲物じゃー、おっ、お前ら邪魔をするなっ!!』
しかし、そんなことくらいで、引っ込むような漁師たちではない。
飯よりも大好きな、喧嘩ときている。

こういう連中に捕まった、チンピラこそがいい迷惑であったろう。
寄ってたかって、ぼこぼこにされたのは云うまでも無いが、店のコップや調度は壊され、女の子たちも悲鳴を上げ続けたので、避難していた店主が、いきなり警察を呼んでしまった。
30分後、チンピラたちも漁師も、みんなで仲良く、引っ立てられて行ったのは云うまでも無い。
ポリスたちも、この連中には、ほとほと手を焼いた。

最後には、一人のポリスが天井に威嚇射撃をして、ようやく収まったくらいだ。
連中が連れて行かれたのは、警察の拘置所だが、生憎と先客もおり、漁師一行12人が入るには、かなり手狭でどうも入れそうない。
それに加えて、チンピラ一行も8人と大部隊であったので、呉越同舟、牢屋ではなく、1つの事務所に取りまとめて入れられた。

勿論監視はいるので、2組とも、滅多な事は出来ない。
源じいなど、何が楽しいのか鼻歌を歌っているくらいで、へらへらしている。
チンピラ共は、顔を腫れあげされたまま、手当てもされず、おとなしくしているが、特にボニーなどは、源じいから顔をそむけるようにして、後ろ向きに座っていた。
かなり複雑な顔をして、しんみりとした顔をしている。

ボニーは、この連中が日本人だと知ったのは、ここへ連れて来られてからである。
漁師の逞しく日焼けした姿から、そうだとは知らずに喧嘩を売ったものらしい。
ボニーは、実は日本人とのハーフとしてこの世に生まれてきていた。
父親が日本人で、母親がフィリピン人である。
父は、自分が生まれると、すぐに姿を晦ましたらしい。

しかし母親は、そのことで自分の父親のことを、責める気持ちはなかったようだ。
それを証拠に、ボニーにも大きくなったら、日本の父に会いにいけるようにと、日本語を教えていた。
深い事情を語ろうとせずに、母は他界してしまったが、ボニーには、今ひとつそんな母の気持ちが、わからじじまいになっていて、日本人に対しては、深い憎しみと親しみを、ずっと抱いたまま、今日まで、生きてきていたのである。


続く・・・・


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英造がゆく ~呂宋漂流記~ 其の拾五 [フィクション]

ボニーにとって、トニーなど日本人相手にしているガイドなど、一番の目の敵であったに違いないが、それは、裏を返してみると、自分への心の否定であったに違いない。
憧れと憎しみとの心情が、日本人に対し、近づいてみたい気持ちと、近づきたくない気持ちが交錯して、彼の複雑な性格を作り上げてきた。
幼い頃から、未だ見ぬ父の姿を夢に描いていたが、成長するにつけその心は憎しみに変わった。

憎しみと愛情とは、紙一重であろう。
ボニーにはまだ、父親を受け入れる心の準備など、出来ていなかったに違いない。
ボニー生い立ちついては、今はこれくらいにしておこう。
場面は依然、ポリスステーションのままである。
猟師たちも、チンピラ共も、皆疲れ果てて寝てしまっていた。

源じいも大鼾を掻きながら、横たわっている。
漁師の中で、たった一人、英造だけが眠れなかった。
勿論、セシルの事が心配で堪らなかったのだが、このまま明日には解放してもらえるのかどうかが、最も気に掛かるところであろう。
とりあえず解放されないと、セシルに会いにも行かれない。

その時である。
背後から、『おいハポン!』、と声を掛けられた。
英造が振り向くと、ボニーである。
『お前たち、何しにここに来た?』
英造は、驚いた。

ボニーが、いきなりに日本語で声を掛けてきたからだ。
しかも、思ったより流暢な日本語である。
英造は、何て答えたらいいのか分からなかったが、取りあえずこう切り返した。
『お、お前、日本語が喋れるのか?』
ボニーがそれを聞いて、にやっと笑った。

『俺のおやじは日本人なのさ、でも俺とお袋を捨てやがったけどな・・』
少し、関西訛りの喋り方である。
母親が、関西で働いていたのであろうか?
ボニーは、問われるまでも無く、自分の生い立ちを英造に聞かせ始めた。
英造も、興味深く、耳を澄ませてそれを聞くことにした。

話によると、やはりボニーの母親は、京都のフィリピンパブで働いていたらしい。
京都といっても、日本海側の方である。
そこで、ボニーの父親と知り合った。
マニラにまで追いかけられ、結婚の約束もして体も許してしまったが、子供が生れた瞬間に日本に帰国してしまい、それ以来連絡が取れないという。

その内、母親が病気に掛かり死んでしまったが、その母は、ボニーの父親の事は一回も悪く言わず、それよりも、ボニーに日本語を教えるくらいであった。
その心情はボニーには推し量れないが、母親にしてみれば、ボニーがいつか日本に行き、父親と対面する事を望んでいたのかも知れない。
母のマービックは、死ぬまで父親が出て行った理由を明かさなかったそうだ。

英造は、ボニーの顔をしげしげと見つめた。
どこか淋しそうな、翳のある顔をしているボニーであった。
しかし彼は、父親と同国人である英造に自分の境遇を打ち明ける事によって、少し違う感慨を覚え始めていたのである。
ほんの少しだけだが、わだかまりが解けはじめたように思えるのであった。



続く・・・・



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幕末ピンパブ物語 第一回 [フィクション]

江戸の町が黄昏時(たそがれどき)を超え、暮れ六つに差し掛かった頃、一人の侍が吉原界隈へ向かう土手を、腕を組みながらゆっくりと歩いていた。
還暦を少し越えたくらいの、頭のやや薄い老武士のようである。
供(とも)を一人連れている・・・
中間(ちゅうげん)らしき男で、目の細い、一見しただけでは、韓人(からびと)かと見間違えるほどの人相の男だ。

老武士の名前は鴨野金兵衛(かものきんべえ)、供の者は馬造(うまぞう)と言った。
彼は、信州某藩の江戸詰めの家老職である。
60を超えても、長男には家督を譲らず、未だに現役についてはいるが、生来の辛口が祟って、朋輩(ほうばい)に向かってお家批判を繰り返した為、殿様から30日間の謹慎を申し渡されていた。
もっとも、本人は全くそれを意にも介していない。

殿様とて、鴨野のお家に対する忠義(ちゅうぎ)は知っている。
知っていながら謹慎という処分を下したのは、鴨野に対する愛情であろう。
そうすることによって、鴨野に対する朋輩からの恨みや嫉妬を、かわそうと考えたのだ。
それを知っているからこそ、謹慎にも拘わらず、供の馬造を連れて、吉原に遊びに行こうと向かっている鴨野である。

本来なら、武士の遊郭での遊びは昼間と決まっていた。
幕府の統制によるものだが、何分謹慎中ということと、いささか幕末のこの時期になると統制も緩み、武士の夜遊びも、公然と行われるようになっていたのである。
ペリーの浦賀への来航以来、鎖国一辺倒であった幕府の政策も、開国に向けて一気に加速し、ましてや井伊大老暗殺の後は、幕府の権威も失墜し、今や尊皇攘夷派が暗躍する時代になっていた。

実を言うと、鴨野も開国派である。
その為に、藩の方針を開国に導こうとして、攘夷派の筆頭家老、入間管吉(いるまかんきち)とやりあったのであった。
その話は、今はいい・・・
やがて鴨野主従は、土手を越えて、吉原の遊郭の中に入っていった。
暫く中を歩いて見回した鴨野は、その変貌振りに唖然としてしまった。

(何じゃ、これは一体・・・)
鴨野は久しぶりに吉原に足を運んだのだが、そこのあまりの変わりように、ただただ驚くばかりであった。
今まででも華やかであった吉原ではあるが、何か雰囲気が違っていた。
兎に角、建物の色が違うのである。
西洋建築の影響からか、やたらカラフルな店が目に付くようになっていた。

やがて、ある店の前に立った。
そこには、一番派手な看板が建っている。
外には、昼間かと見紛うばかりの照明もあり、何か異国を彷彿させるような、異様な雰囲気を醸し出していた。
呂宋茶屋 『葱屋(ねぎや)』、とその看板に書いてある。
(はて、葱屋・・・・?)

鴨野は首を傾げた。
何とも、おかしな名前の店だ。
馬造も、主人の鴨野の顔を見て、『旦那様、何か変わった店で御座いますなあ・・』、と呟いた。
鴨野は、もとよりの好奇心旺盛な男である。
中に入って見ることにした。

(ムムム)
鴨野は、店に入った瞬間、その光景を目の当たりにした。
そこには、鴨野が今までに見たことも無い光景があったのである。
暗がりなのではっきりとは見えないが、テーブルが7~8卓もあろうか、ある卓では、男と女が寄り添いながら酒を酌み交わしていた。
又、違う卓では、接吻をしている輩(やから)もいる。

鴨野が戸惑っていると、奥から太った女がやってきた。
『これはこれはお武家様、ようこそ私共のルソン茶屋にいらっしゃいました。当店の主(あるじ)、タエに御座ります。』
タエは、満面に笑みを浮かべ、揉み手をしながらそう言った。
『うむ。』
鴨野はそう答えたが、まだ腑に落ちないような顔をしている。

『おかみ、一体この店はどういう店なのじゃ?いささか、変わった店のようじゃが・・・』
鴨野は、正直に自分の疑問を、おかみのタエにぶつけてみた。
いかに好奇心の強い鴨野とは言え、少し気味が悪かったのである。
『おほほほ・・』
タエは、ふくよかな声でそう笑った。

そうして、笑いながらこう答えたのである。
『お武家様、こちらにお座り下さいませ。元よりここは吉原、男衆がおなごと戯れながら遊ぶ所、今からおなご共をお呼び致します故、暫くお待ち頂きませぬか?』
こう云われれば、鴨野も承知せざるを得ない。
一人では照れくさいので、供の馬造も一緒に卓に付かせることにした。

おかみのタエは暫く奥に入っていたが、その内に、17~8人のおなごを伴って鴨野達の前に出てきた。
そのおなご達、どう見ても倭人ではないであろう。
顔の彫りが深く、目がやたらに大きい。
その女達が、鴨野達に対して一斉に声を出した。
『いらっさいまっせー!!!』

『おおっ・・・・・』
その勢いのある大声に、鴨野と馬造は驚かされた。
『だ、旦那様、こ、これは一体?』
特に馬造などは、魂が何処かに飛んで行くような心持がしたのか、細い目を目一杯開いてのけぞり返った。
『ウムムム・・・』

鴨野も、うなるばかりである。
その内、おかみのタエが声を掛けた。
『さあさ、旦那様方、どうかお好きなおなごをお選び下さりませ。』
『こ、この中から選べと申すのか?』
鴨野が、上ずった声でそう言った。
『はい、左様に御座います。』

『ほほう、このおなご等の中からのう・・・』
鴨野は、娘達を改めて見回した。
最初は皆、同じような顔に見えたのだが、よくよく見ると、実に様々な顔であることに気がついた。
肌の色も、白いのや浅黒いのまで、ようやく区別がついてきた。
その中で、小柄で色白の、どちらかというと倭人に近い顔が目に留まった。

『おい女将、この娘の名前は何と言う?』
『旦那様、さすがにお目が高う御座います。その娘は当店一番の売れっ子、お順に御座ります。』
『ふ~む、お順と申すか!?、うむ、そちでよい、これへ参れ。』
鴨野が、お順を手招きした。
『は~い』

お順がそう返事をして、いそいそと鴨野の隣に座った。
『うんうん』
鴨野も、中々の満足顔である。
そうして、自分だけでは照れくさいと思ったのか、馬造にも声を掛けた。
『これ馬造、そちもおなごを参れ・・・』
それを聞いた、馬造は驚いてこう言った。

『だ、旦那様、何を仰いますやら・・・同席させて頂くだけでも恐れ多いことに御座いますのに、その上、おなごをはべらすなどとは・・・』
そう言いながらも、馬造の顔は、今にも綻びそうな崩れた顔をして、しかも半分涎が垂れそうであった。
鴨野も分かったいるのか、苦笑いをしながらこう言った。
『よいよい馬造、今日は無礼講と参ろう。さあさ、よいからおなごを選べ・・』

『待ってました、大統領!!』
とは、馬造は言わなかった。
『へへっ!』
と頷(うなず)くと、早速おなごたちの顔を、嘗め回すように見回した。
『誰がいいかなあ、ぐえへへへへへ・・・』
馬造、すでに狂喜の形相である。

しばらく見回していたが、あまりにも選ぶのが長いので、鴨野が叱責すると、『うへえ~』、と言いながら、ようやく一人のおなごを選んで隣の席につけた。
『手の掛かる奴じゃ・・・』
鴨野も、苦笑している。
元はと言えばこの馬造、父親譲りの中間で、通常1代限りの中間奉公にも拘らず、特別の温情を持って、父親の死後も鴨野家に仕えていた。

子供の時分からの奉公なので、忠義はあるのだが、少し主人に馴れ馴れしい。
そこは、躾には厳しい鴨野ではあったが、寛容な性格でもあったので、未だに馬造を重宝して使っている。
馬造の選んだ娘は、少し浅黒であった。
名前を、『お欄(おらん)』と言う。
37歳で独身であった馬造は、お欄の顔をしげしげと眺めていた。

鴨野の隣に座ったお順は、たどたどしい日本語を使った。
彼女の話によると、ここにいる娘達は皆、呂宋島(今のフィリピン)から連れて来られたのだと言う。
連れてこられたとは言え、強制ではなく、希望者を募っていた所を、彼女も友達と一緒に応募したのだそうだ。
半年の契約で、報酬は金3両もになるという。

彼女の出身地である無羅漢(ブラカン)では、たいした仕事も無く、大きな都市である魔尼羅(マニラ)に行って働かなければ、家族を養う収入が得られない。
8人兄弟で長女と言う彼女は、病弱の両親に代わり、兄弟たちの学費を稼いだりと、生活の面倒を見なければならなかった。
開国派である鴨野は、当然のことながら呂宋国を知っていた。
しかし、いかに世界観があるとは言え、その国の内情までは知らなかった。

単純に、同情してしまったのは言うまでもない。
辛口な男だが、人情味には厚いのだ。
一方の馬造と言えば、ふるっている。
お欄に向けて、触る口説くのオンパレードである。
着物の裾から手は突っ込っんでは、お欄から手ひどいしっぺ返しを食らってばかりいるが、一向に止めようともしない。

『これ馬造、よさぬか?』
呆れ果てた鴨野が叱責をすると、その場は止めてしまうのだが、暫く経つと、すぐに又触り始めている。
根っからのスケベであるが、そこが鴨野には羨ましいことでもあった。
武士に生まれたさがでもあるが、理性を、前面的に押して行かなければすまない性質の人間である。

この性質は、後々の子孫にも影響をする。
要するに、本能のままでは生きられないのである。
その点、馬造は気楽なものだ。
父の後を継いで鴨野家の中間だが、生来苦労がなく、のびのびと育ってしまっている。
言うなれば、鴨野とは正反対の性格だが、そこがまたいいのであろう。

鴨野達が店に入ってから、かれこれ半刻(1時間)はたった。
鴨野は相変わらず、熱燗の杯を傾けていたが、馬造は酒などそっちのけで、相変わらずの乱痴気騒ぎである。
その内に、お欄が言い始めた。
『お馬さん、私たちにも飲ませてよ・・』
『ん、んだべ?』

『だからさあ、あたいたちにもお、さ、、け、』
お欄は、甘えるように馬造にしなだれ掛かった。
馬造は、そこらにいた給仕人に、彼女等の飲み物を頼んだ。
赤い色のどろどろとした、奇妙な飲み物である。
『これは、何じゃな?』
馬造よりも、鴨野が目を止めて給仕人に尋ねた。

『はい殿様、これなるは赤葡萄酒と申し、西洋の飲み物で御座います』
『何、赤葡萄酒とな・・・物の本で読んだことはあるが、実物を見るのは初めてのことじゃ、どれ、わしも飲んでみよう。』
馬造もそれを聞くと、『わしも、わしも!』、と、給仕人に言って瓶ごと持って来させ、『旨い旨い』といいながら、何本も空けてしまった。
かれこれ、7~8本も空けたであろうか?

鴨野も、赤葡萄酒を数杯傾けて飲んでいたが、時も更け鴨野はそろそろ帰ろうかと腰を上げた。
『これ、女将はおるか?、勘定(かんじょう)を致せ!』
給仕人にそう言うと、暫くしてから女将がやってきた。
『これはこれはお殿様、有難う御座います。もうお帰りで御座いますか?』
『うむ、楽しい夜であった、又来るでのう、・・で、今日は幾らじゃ?』

『はい、締めて五両と二分になります。』
『ムムム』
何とバカ高い・・・
鴨野は驚いたが、武士たるもの、値の高下は言わないものだ。
平然としたまま、紙入れを出し、全て支払った上、お順やお欄にも幾ばくかの心付けを忘れない。

『馬造、帰るぞ。』
鴨野は、馬造に声を掛けた。
『へ、へい、だ、旦那様・・・』
馬造は、そう言って立ち上がろうとしたが、相当酔っ払っていたのか、その場で転倒してしまい、テーブルの角に、頭を思い切りぶつけてしまった。
『お、おい馬造・・・』

鴨野も女将も、そこにいた娘達や給仕人も皆集まってきて、上へ下への大騒ぎになってしまった。
『医者じゃ、医者じゃ・・』
さすがに鴨野も、慌ててしまった。
医者を求めて、男共が外へ飛び出して行った。
鴨野は、馬造を抱き抱え、身体を揺すって起こそうとしている。

『これこれ、そんなに揺すりなすってはいかん。』
一人の医者の風体の男が、そう言いながら近づいてきた。
『おお、貴下は、医者殿で御座るか?』
鴨野は、縋るような目でその男にそう言った。
『はい、私はたまたまこの店で飲んでいた、又場良庵(またばりょうあん)と申す医者で御座る』
『おお、それは天の助けじゃ、先生、どうぞこの者を見てやって下され。』


続く・・・


注: この物語は、フィリピンコミュニティ内で連載していたものです。
   今後は、このブログで公開する予定です。
   第二回までは、今までの展開の掲載、第三回から、通常の連載に移行します。
   途切れ途切れになるかもしれませんが、ご勘弁願います。
   今までの連載の続きも、もう暫く再開をお待ち下さいね。

   著者拝・・・

幕末ピンパブ物語 第二回 [フィクション]

又場は、腰を落として、おもむろに寝転がっている馬造の身体を、しばらく調べていたが、『うむ、これなら良かろう』、と言って、立ち上がった。
『先生、如何ですかな?』
鴨野が、心配そうに馬造を覗き込む。
彼はまだ、意識を取り戻してはいなかった。
又場は、大きな身体で、『ふ~』と息をしてこう答えた。

『いや、心配御座らん、単なる脳震盪で御座ろう、どこぞに寝かせておいて、そおっとしておけば良かろう。ご心配には及びますまい・・』
『それはそれは・・・』
鴨野は、ほっとした。
『又場先生、助かりました、かたじけない。』
鴨野はそう言うと、深々と頭を下げた。

『いえいえ、何の造作も御座らん、所で頭の打ち所によっては、後遺症が出んとも限らん、何なら明日にでも往診して進ぜるが・・・』
『それはそれはかたじけない、拙者の屋敷は・・・・・・・・・・・・』
鴨野は、屋敷のありかを又場に告げると、その辺にいた小者に馬造を背負わせ、そのまま帰っていった。
(又場先生、わしとは中々馬が合いそうじゃわい・・・)

鴨野はそう思いながら、屋敷への道をいる。
というより、馬が会わせた縁であろう。
屋敷に着いた鴨野は、馬造を寝かせると、今度はお順のことを考えていた。
(う~ん、何か惹かれるおなごじゃて・・、おお、そういえば又場氏はあそこの常連らしい、明日来られたら、詳しくあの店のことを聞いてみよう・・・』
鴨野は、そう思いながら眠りに付いた。

あっという間に、翌日になった。
鴨野は、又場を待ちかねて、朝からそわそわしている。
馬造はすっかり元気で、元気に庭を掃除していた。
朝起きては鴨野の前に出た時には、さすがに恐縮して縮こまっていたが、元より、生来のお気楽者である。
すぐに、いつもの明るさを取り戻していた。

『ピーンポーン』、と玄関のドアチャイムが、鳴るはずもなかった。
ここはまだ、江戸時代である。
『たのもーう』
屋敷の外で、人が叫んだ。
『おおっ、又場殿に違いない!』
鴨野は、屋敷の用人が迎えに出る前に、自らが玄関に飛び出して行った。

来客は、やはり又場良庵であった。
『おお、良庵どの、ようこそおいで下された。』
鴨野は、又場を賓客をもてなすが如く、いそいそと屋敷の中に招じ入れた。
良庵も、どっしりた身体を揺すりながら、広い廊下をのしのしと歩く。
鴨野家は、代々の家老職で知行三千五百石。
藩自体が5万石の小藩なので、三千五百石と言えば大身代と言っていい。

用人や中間、屋敷内の使用人を合わせると、総勢10人は居たろう。
通常家臣は、上屋敷か下屋敷などの藩邸内に住むが、鴨野家には、それよりも別に、外に屋敷を持っていたのである。
知行の他に、先祖代々からの相当な蓄えがあり、暮らし向きは裕福だ。
従って、屋敷も広かった。
やがて、奥の一室に又場は通された。

『ささ、どうぞ膝をくずしてお座り下され・・・』
鴨野は、うやうやしく又場に座布団を勧めた。
『かたじけない。』
良庵は遠慮なく、座布団の上で胡坐をかいた。
『やれやれ・・・・』
正座の苦手な良庵は、鴨野の勧めが妙に有難かったのである。

『又場殿、昨日は供の者が醜態を晒しまして、その上で介抱までして頂き、誠にかたじけのう御座った。』
鴨野が、深々と頭を下げた。
『いえいえ、飛んでも御座らん。私に出来ることをやったまでのこと。お礼には及びませぬ。ところで、あの仁のご様子は如何かな?』
『はい、お陰様にて朝から飛び跳ねて仕事をしております。』

『それは、良かった。後でもう一度見て進ぜよう。何せ、頭を打ち申したゆえ・・』
『かたじけない、では、後ほどお願い致す。』
鴨野は、再度頭を下げておいて、こう言った。
『時に又場殿、あの呂宋茶屋『葱屋』で御座るが、貴殿は、相当通われているので御座ろうかの?』
『いえいえ、医者の身分、そうは毎度のように通ってはおりませぬよ。』

又場は、笑いながらそう答えた。
『しかし、あの店については、相当詳しいご様子、御教示下さらぬか?』
『ほほう、あの店に興味をお持ち召されたか?では、知っている限りのことをお話申そう。』
又場は、おもむろに呂宋茶屋について、話を始めた。
鴨野も、膝を乗り出して、聞き耳を立てた。

又場に代わって、著者が説明申し上げよう。
呂宋島(今のフィリピン)と日本は、昔から交流があった。
徳川幕府の鎖国政策で、国交は表面上閉ざされたとは言え、その以前は貿易が盛んであり、主に茶器や壺などの焼き物に人気があった。
これらの人気は、江戸時代まで衰えることなく、抜け荷という形で、九州の諸藩が、秘密裏に続けていたらしい。

特に、博多商人が半ば藩の黙認を得て幅を利かせ、これらの世界を牛耳っていることは、世間に隠れも無い事実であったのである。
その博多商人に中で、神事屋(しんじや)とういう大店(おおだな)がある。
そこの主(あるじ)、涛兵衛(とうべえ)というのが、自ら抜け荷船隊を組み、遠く呂宋島まで出向き、密貿易を繰り返しているという。
その神事屋涛兵衛が、あの呂宋茶屋『葱屋』の、実質的経営者だと言うのだ。

神事屋は、自分の愛人であるタエに、店の経営を任せていた。
本来なら、抜け荷は御法度の上、ましてや、異国のおなごを連れてきての商売などもっての他だが、幕府の統制も緩み、取り締まりも殆ど行われないのを良い事に、もはや、やりたい放題の神事屋であったのである。
鴨野は、その話を聞いて慄然とした。
何と、自分の世界は、窮屈なものであることであろう。

(世の中には、いろいろ開けた、大胆な考えの持ち主がいるものだ。)
すっかり、その話に感じ入った鴨野である。
開国派である鴨野であったが、そこまで大胆な行動をする神事屋に、凄く惹かれ、興味を持ってしまった。
信州の、小藩の家老としての自分の視野が、余りにも狭かったことに気付いた彼は、その神事屋に、どうしても会いたくなってしまった。

『又場殿、一つお願いがあるのじゃが・・・』
鴨野は、神妙な面持ちで良庵を見つめた。
『何で御座るかな?』
又場は、水野晴郎のような染み入る笑顔で、鴨野にそう問い返した。
『その神事屋殿とやらに、会うてみたいのじゃが、如何で御座ろうの?』
『ほほう、それはそれは・・・』

『無理なお願いで、御座るかの?』
鴨野は、少し照れてそう言った。
『いえいえ、お安い御用ですよ。但し、神事屋殿は今は国許(くにもと)に滞在されておるはず、江戸に出て来られた折には、必ず御合わせ致そう。』
又場は、快諾した。
鴨野は、『かたじけない』と、頭を下げた。

『それはそうと・・・』
又場は、切り出した。
『昨日のお供の方は、どうされました?』
『おお、すっかり忘れておりました、早速呼んで参りましょう、良庵殿、暫くお待ち下されい』
鴨野は急いで立ち上がり、馬造を呼ぶべく表向きに出て行った。

(何と、腰の軽いお方よ・・・)
又場は、鴨野に好意を持ってしまった。
やがて、馬造がやってきて、又場の目の前に現れた。
又場は、いろいろと診察していたが、やがてこう言った。
『うむ、これなら問題はなかろう・・・』
鴨野も馬造も、頭を下げた。

鴨野は、又場が帰ったその日から、お順のいる呂宋茶屋『葱屋』に、足繁く通うようになっていた。
18歳と61歳と、年は離れてはいるが、鴨野にとっては、生まれて初めての恋と言える。
死に別れた女房とは、この時代のこと、当然ながら見合い結婚であったが、結婚後に愛情は生まれたものの、恋愛感情を持つことはなかった。

まあ、恋愛というプロセスを省くことが見合いとも言えるのでこれは仕方ないが、今回のお順が夢枕に出て来るくらいに愛おしくなったのは、鴨野本人にしてみても驚きであった。
鴨野が店に通う時は、お供に馬造がつくのは言うまでもない。
しかしあれ以来、馬造は外で待たされることになっていた。
馬造は、これが気に入らなかった。

しかし、これは主命である。
主人に従うのは、この時代では絶対と言ってよかった。
いじけながらも、店の前で待ち続けなければならない。
鴨野も可哀想だとは思ったが、馬造の以前の醜態を思うと、おいそれと店には上げられないので、背に腹は代えられない思いであったのである。
そこは、蛇の道はへびである。

馬造は、いい手を思いついた。
ある日、いつものように店の外で待たされている時、店の小僧が外に出てきたのを幸いに、小銭を握らせて、お欄に、店の外まで出てきて貰えるよう小僧に頼み込んだ。
うまい事に、お欄は直ぐに出てきてくれた。
そして、馬造を見ると、抱きつくように飛び寄ってきてこう言った。

『馬造さーん、アコさみしかったよー』
馬造も、お欄をそっと店の陰に連れ込み、きつく抱きしめた。
匂い袋を懐にいれているのか、ぷ~んといい香りが、お欄の体から発せられている。
馬造は、うっとりしてお欄を見つめている。
お欄も嬉しそうに、笑顔で答えていた。
それからのことである。

馬造とお欄は、いつの間にか、密会を重ねるようになってしまった。
勿論、鴨野が店に来ている時は、営業時間なので会うのは憚られる。
会うのは、もっぱら店がひけた夜中であった。
草木も眠る丑三つ時、馬造は夜な夜なそっと中間部屋を起きだしては、吉原と鴨野屋敷の、中間あたりの盛り場で落ち合っていた。
その辺りは、昼夜の区別なく営業をしている出会い茶屋が、散漫しているような場所である。

今でいう、ラブホテル街と言っていい。
このことが、いずれ二人の身に、重大な影響を及ぼすとも知らずに、馬造、お欄の両人は、ならぬ愛を、むさぼり続けていたのである。
鴨野も、そういうことがあろうとも知らずに、老いらくの恋の虜(とりこ)になっていたが、馬造が引き起こすこの事件が、鴨野にも、勿論波及することを未だに知らずにいたのだった。

それから暫く経ったある日・・・
突然、又場良庵がやって来た。
前触れはなかったが、鴨野には嬉しいことである。
彼とは、店で何度か会うことがあったが、5~6日前から、鴨野が風邪を引いて屋敷に篭っていたので、久々の再会であった。
『ささ、良庵殿、お入りくだされい。』

鴨野は自ら、又場を客間に招じ入れた。
『風邪を召されたとお聞きしましたが、如何で御座いますかな?』
又場は、相変わらずの染み入るような笑顔でそう尋ねた。
『はい、お陰様にて、今晩からは店に出掛けられそうです。』
『ほう、それは良かった。実は博多から神事屋殿が、江戸に参られておられての、貴殿のお話を申し上げたら、是非お会いしたいとのことです。』

『おお、それはそれは・・・』
鴨野にとっては、願ってもない朗報であった。
『是非、お願いつかまつる。』
鴨野は、深々と頭を下げた。
『いえいえ、造作も御座らん、それはそうと鴨野殿。』
又場は、身を乗り出すようにして、鴨野に話し掛けた。

『何で御座ろう?』
鴨野も、思わず身を構えながらそう答えた。
『葱屋のお欄のことで御座るが・・・』
『はっ、お欄?』
『左様、貴殿のご家来が、怪我をした時に付いていたあのおなご』
『ああ、思い出しました。して、あのお欄がどうしました?』

又場は、秘密事でも打ち明けるように、こう言った。
『実はの、お欄が店が引けた後、夜な夜な寮を抜け出し、男と密会しているのではないかという噂が御座るのじゃ。』
『ほほう、密会とな?』
『左様、どこぞの盛り場で、その男と密会しているのを見た者が居るとか』
『それは、怪しかりませぬなあ・・』

鴨野は、呆れ果てたようにそう呟いた。
『それなので御座るよ・・・、神事屋殿が昨晩問いただしたものの、頑として認めぬらしいのじゃ。』
『ふむふむ・・・』
『それで神事屋殿も持て余し、座敷牢にお欄を閉じ込めてしまわれた。』
『な、何と?』

『容疑が晴れるまで、当分そこで謹慎じゃそうな・・』
『それは、何とも気の毒、その話が事実なら相手の男にもお咎めがあろう、まあ、これは様子を見るに越したことは無いようじゃて・・』
『左様、左様・・』
何にも知らない鴨野と又場は、苦笑しながら人事のようにそう言った。
そしてその晩、鴨野は馬造を供に、葱屋へ向かって行ったのである。

野と馬造は、呂宋茶屋、『葱屋』に着いた。
馬造は、恋人であるお欄が、自分のせいで謹慎させられていることを、まだ知らずにいた。
いつものように、鴨野だけ店の中に入って行き、馬造は外で待たされた。
鴨野は、女将のタエに、いつもの様に席に案内されたが、又場が来ていないか、店の中を見回すのも忘れてはいない。

すると、奥の席で又場らしき男が、一人の商人風の男と話し込んでいるのが、目に入ってきた。
『おおっ』
鴨のはそう呟き、その席に案内してくれるように女将に頼んだ。
(連れのお方は、神事屋殿に違いない)
女将のタエに聞いてみようとも思ったが、失礼とは思いそれは黙っていた。

女将は、又場達のいる席にお伺いを立てていたが、やがてにこにこと笑いながら、鴨野の席に戻ってきてこう言った。
『さあさ旦那様、あちらでもお待ちかねで御座います。どうぞいらっしゃいませ!』
『うむ、かたじけない。』
鴨野は、席を立つと、又場達の席に向かって行った。
向こうでは、又場もまた満面の笑顔で、鴨野が来るのを迎えている。

『おお、鴨野殿・・・』
又場は、両腕を広げ、鴨野を抱き抱えるようにして席を進めた。
鴨野も笑顔で応え、又場と話し込んでいた商人風の男にも、深々と頭を下げて挨拶をした。
『こちらにおわすのは・・・』
又場が言い掛けたが、鴨野が遮って(さえぎって)こう言った。

『神事屋殿で御座るな・・!』
鴨野が、親しみと憧憬を込めた目で、男を見つめた。
『ははは、左様に御座います。手前が神事屋涛兵衛(しんじやとうべえ)に御座いまする。』
神事屋も深々とお辞儀をし、鴨野に丁寧な挨拶を返した。
『丁寧なご挨拶痛み入る。名を名乗るのが遅れ申した。拙者が、鴨野金兵衛で御座る、以後お見知り置きを・・・』

神事屋も鴨野も、笑いながら席に着いた。
ここで、神事屋について語っておこう。
神事屋涛兵衛は、鴨野より三つ若くて58歳。
親代々の商人で、業種は回船問屋(かいせんどんや)。
・・は、表向きで、裏の商売は密貿易を盛んにやっていた。
幕法では密貿易はご法度だが、彼の信念では、鎖国が長引けば長引くほど、国は滅びると考えていた。

文明は、日一刻と進化している。
今の日本のままでは、いずれ諸外国に併呑されて滅びてしまうであろう。
そういう危機感が、彼を突き動かすのであった。
彼が動くときは、常に彼自身が動く。
そういう男であったからこそ、異国に密貿易に赴くのも、常に先頭に、彼の姿があったと言っていい。

・・・とは裏腹に、相当なスケベおやじであることも否定出来ない。
涛兵衛の涛は、怒涛(どとう)の涛である。
怒涛の勢いで女を口説くのも、得意中の得意で、今回の呂宋島のおなごをこちらにつれてきたのも、異国の文化もさることながら、そのスケベ魂を、他の日本人にも伝播させようとの魂胆もあったのである。
飛んでもない先覚者だが、とんでもないスケベおやじの、両面を持つ彼であったのだ。


注: 次回から、通常jの更新に戻ります。


続く・・・

幕末ピンパブ物語 第三回 [フィクション]

鴨野は、神事屋の話を聞きながら、目を輝かせていた。
まだ見ぬ、異国の地を想像しながら、次第に湧き出る興奮を、押えきれずにいた。
当時の呂宋国は、スペイン統治の時代であったが、文明的には、日本より優っていたと言ってよい。
しかし、それも首都の馬尼羅の近くのことだけで、農村部や漁村部は、日本のそれと変わらない。
日本でも、江戸や京、大阪を除けば、諸藩の台所事情が苦しく、どこも貧困に喘いでいたからだ。

明治期に入ると、日本の貧しい農村漁村の女達は、仕事を求めて、中国フィリピンなどアジア各国に、出稼ぎに行くようになった。
当時の彼女たちは、『からゆきさん』、と呼ばれた。
当時、植民支配していた、欧米諸国からの求めに応じてだが、『国辱になる』、という世論から、1920年に出された『廃娼令』が出されるまで、その数は、相当居たと思われる。

その話はともかく、鴨野にとって、当時の呂宋は、それだけ魅力のある土地であったのである。
神事屋もまた、呂宋国の素晴らしさを、情熱を持って語ったと言っていい。
又場もろとも三人は、終いには、杯を上げて、呂宋国万歳と叫んでいた。
そうして、話が盛り上がっていた時に、事件は起こったのであったのである。
事件を注進してきたのは、神事屋の手代、萬久(まんきゅう、通称マック)であった。

神事屋の抜荷(密輸)の仕事を一手に引き受け、実際に動かしていたのは彼であった。
明治後は自ら独立をして、『密輸王マック』、と呼ばれるような、財界の大物になったが、この時はまだ、神事屋の右腕に過ぎなかった。
彼の子孫は、後に呂宋島に渡るが、いざこざがあり一時幽閉されたりしたが、今でも本業の傍ら、牛肉などの禁制品を、フィリピンに密輸しているそうである。

余談は、いい。
その萬久が、慌てて神事屋の元に、走ってやってきた。
『だ、旦那様、た、大変で御座います。』
萬久は、はあはあと、荒い息を吐きながらそう言った。
『一体、どうしたというのだ、萬久?』

神事屋は、そう尋ねた。
『お欄が、座敷牢から、抜け出して御座いまする・・・』
『何、不届き故、閉じ込めておいたお欄が・・・』
神事屋は、絶句した。
『して、何故(なにゆえ)じゃ?』

気を取り直して、神事屋がそう尋ねた。
『はい、店の者の話では、先程のことに御座いまする、ある男が、お欄を閉じ込めて居りました屋敷の裏から忍び込みまして、座敷牢を蹴破り、お欄を拐(かどわ)かしたように御座います。
『な、なんと大胆で不埒な・・・』
聞いていた、鴨野も又場も、共々に呆れながらに憤慨した。

『とにかく、現場に行って参ります。』
神事屋は、立ち上がった。
『私も、参りましょう!』
鴨野も、そう言って立ち上がった。
遅れて又場も、『ではわたくしも・・・』、と重い腰をあげた。


続く・・・

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