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鉄じいがゆく 1_初来比 [鉄じい]

フィリピンの朝は早い。

昨日の記事で述べたように、学校が2交代もしくは、3交代なので、必然的に朝は早く始まる。
朝まだ5時前に起きて、朝食を摂ったり、シャワーを浴びたりの、大忙しである。

子供の多い家庭などは、全く、戦場のような光景だ。

今朝は、2時に目がさめた。
午前2時と云えば、『草木も眠る、丑三つ時』だ。

さすがにまだ、この時間にゴソゴソしている奴は、うちのサブディビションにはいない。

朝あまりに早く目がさめた為、5時に会社に来てしまった。
ガードマンも、またこいつが、と思っている事だろう。

私の出勤が早いと、ガードマンが、オフィスの鍵を、全て開けて回らなければ、ならなくなる。
結構広いし、オフィスも部署毎に違って、沢山あるから大変だ。

大体、始業3時間前もから出勤して来る奴など、他にはいない。
彼らにとって、いい迷惑なのは、間違いないだろう。

今日の2本目から、暫く趣向を変えて、実際にあった私の友人の話をしよう。

私は以前、バクラーランの教会近くに住んでいたことがある。
日本で云えば、東京の下町だ。

住人の気質も、下町かたぎと言うのか、面倒見のいい、それでいて喧嘩っ早い連中が多かった。

バクラーラン住み始めてから半年目のある日、日本から友達がやってくる、という連絡を受けた。
友達といっても、年は私より10歳も上なのだが、その彼が、『俺もここに住みたい』、と云ってきた。

彼は、私の日本時代のPPフレンドである。
あだ名を、『鉄』という。

彼には孫がいるので、私はいつも彼のことを、親しみを込めて、『鉄のじいさん』、とか、『鉄じい』、と呼んでいた。

あだ名の由来は、鉄のように固い、つまり頑固で、強情張りな性格から来ている訳だが、その彼が、この度、自分の商売である『床屋』を娘婿に譲って、若隠居の身分で、フィリピンにまで来てしまった訳だ。

しかもどうやら、何か商売でもしながら、このフィリピンで暮らしていきたい、とも云っている。

たった一回も、フィリピンに来たこともないくせに、私がいる、という理由だけで、飛んでくるのだから、無茶で恐ろしい男だ。

どんな人かというと、昔、空手もやっていたそうで、祭りが大好き、飲み屋で、酔って調子に乗ると、
ガラスのコップを女の子の前で、バリバリ齧って食べるというのが、趣味な男だ。

信じて貰えないかも知れないが、事実だから仕方がない。

いかにも落語に出てきそうな、キャラクターの持ち主なのだが、彼がここに来ると聞いた瞬間、私には、いやーな予感が頭によぎるのを、禁じ得なかった。

(あの性格でフィリピンにくるとは、恐れを知らなさすぎる。 PPのようなバーチャルワールドとは訳が違うし、無謀すぎる)
私は、そう思ったのだが、来るというものは仕方が無い。

日本にいた頃は、いろいろ世話になっていたのだから、文句を云うのは諦めた。
何とか面倒を見よう、そう心に決めた。

『鉄じい』には、日本のPPに、特定のお気に入りの彼女が出来ていて、その彼女を追いかけてきた、というのも、一つの理由らしい。

8月のある日、彼はやって来た。
その時まで私は、フィリピン初来比の彼が、来た瞬間から、空港でトラブルを起こすとは、夢にも思わなかった。

その日の、午後2時過ぎにマニラに到着だというので、私のフィリピン人の友達である、空港警察勤務の、『ボーイ』、という男に、彼の迎えを頼んでいた。

奴なら、入管の手前で、『鉄じい』を迎えることが出来る。
英語も知らず、飲み屋で話す、スケベなタガログ語しか知らない彼には、心強い味方だ。
私は、ビールを飲みながら、家で待機だ。

無事に到着していれば、遅くても午後3時前迄には、全ての手続きが終わって、『ボーイ』から、連絡がある筈なのだが、午後4時になっても何の連絡も来ない。

「ひょっとして、友達と出会わなかったのかな」、そう私が思っていた時、突然私の携帯電話の呼び音が鳴り響いた。

(ボーイからだ。)

そう思った私は、受話ボタンを押し、『Hello』と答えた。
そうすると向こうから、聞きなれない日本人の声が聞こえてきた。

『もしもし、〇〇さんですか?、こちら、日本大使館です。』
『なぬ.......』

『あなたのお友達だという人が、空港で拘束されているらしいのですが、事情を話して、引き取りに行ってもらうことは、出来ませんか?』
『???』

『実は、あなたのお友達が、飛行機の機内で酔っ払って、客室乗務員の前で、ワイン用のグラスを食べちゃったらしいんです。』
『?????』

全然理解が、出来ない。

『それで、驚いた乗務員が、空港に到着後、病院へ連れて行こうとしたのですが、暴れて言うことを聞かないそうなのです。』

事情が飲み込めた。

私は、すぐに電話を切ると、例の空港警察官の、『ボーイ』に連絡を取った。
『おい、大変だ』
『こっちも、大変だよ。あんたの友達、違う便に乗ったんじゃないの、まだ来ないよ』

私は慌てて彼に事情を説明した。

『と、云う訳で、未だ機内にいるらしいんだ。 すぐに行くから、先に行って、何とかしてくれ』
『わかった、病院はどうするの?』
『病院は必要ない。 あのおっさんは、グラスの1つや2つは、簡単に平らげる。 とにかく、あんたが保証人にでもなって、何とか奴を、空港の外に連れ出してくれ!!。』

私はそういうと、外へ出てタクシーを拾って、空港に向かった。

バクラーランから国際空港まで、車で10分程度だ。
空港到着後、1時間ほどして、『ボーイ』が、やっと『鉄じい』を連れ出して来てくれた。

『おい、あんたの友達、言葉が分かんないもんだから、大変だったよ。 俺が一筆書いて、ようやく出してくれたけど、本当に病院に連れて行かなくていいの?』

ひそひそ声で、彼が言った。
よっぽど大変な奴の保証人になったと、後悔している様子だ。

『いいんだ、いいんだ、有難う、今晩一杯おごるよ。 あとで一緒に飲もう。』
私は、彼にそう云って礼を言うと、鉄じいを脇に抱えるようにして、タクシーに乗り込んだ。

タクシーに乗り込むと、開口一番、私はまくし立てた。
『鉄じいさん、いい加減にしておくんなはれ、どないしましたねん?』

興奮してきたので、またまた関西弁になった。

『僕はねー』
鉄じいは、何か悪いことなどして、気まずい時には、「僕は」、などというが、いつもは、「わし、わし」、で通す男だ。

『僕はねー、何にも悪いことなんか、してませんねん』
かなり、しょ気返った表情をしながら、『鉄じい』が言った。
『じゃあ何で拘束されたの?』

『客室乗務員のオネーちやんに受けようおもうて、ワイングラス、1個だけ食べましたねん、1個だけ』
『個数の問題ちゃう』
『................』

『じいさん、ええ加減にしなはれや、 フィリピンくんだりまで来て、けったいなことして、だれでもビックリするがな、第一、飛行機の中で、グラスを食べる客がどこにおるねん!!』
『ここにおる』
『................』

私は、呆れてものも云えなかったが、タクシーを降りて、家にたどり着いても、くどくどと念をおした。

『とにかく、ここで本当に暮らしたかったら、このわてに従って貰わなあかん。 そうせへんと大変なこっちゃ、あんた、日本にもうちょっとで、強制送還やったがな』
じいさんは、頭を垂れて返事をした。

『わかった、そうする』

『鉄じい』は、心から反省したのか、神妙に頷いたが、そんな玉ではないことに、気がつかされたのは、その日の夜のことだった。

『鉄じい』に、明日はあるのか!?

来週に続く.........。

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鉄じいがゆく 2_ウエルカムパーティ Part 1 [鉄じい]

ここで、『鉄じい』について、もう少し語っておかねばなるまい。

鉄じいには、娘が一人いる。
その母親である鉄じいの嫁は、その娘がまだ一歳にならないうちに、鉄じいの元をずらかった。

『ずらかった』、という表現がピッタリするほど、その逃げっぷりは、見事だったらしい。
その証拠に彼女は、その姿を跡形もなくなるくらいに、その後の自分の消息を、ぷっつりと消し去ってしまった。

女房が逃げていなくなった後に、鉄じいは、何人かの女と付き合ってきたらしいのだが、全部長続きせず、結局は男やもめを強いられた。

『飲む、打つ、買う』、の三拍子揃った上に、酒乱で、酔っ払ったあげく、ガラスコップを、食べるのが趣味、という男を誰が好きになるであろう!!

彼が自然と、フィリピンパブに入り浸りになるようになるまで、そんなに時間は掛からなかった。
優しいフィリピーナは、彼にとって、天子のように見えていたに相違ない。

彼女達は、鉄じいを特別扱いなどしなかった。
彼が、一風変わった風な客に見えても、日本10回目とかいう大ベテランのタレントを除き、あまり日本人に対する、知識の無い彼女達には、たとえ鉄じいでも、ただの日本人の客に見えたのかも知れない。

ガラスコップを食べるのも、彼女たちには、まるでマジックを見ているようで、楽しかったに違いない。
鉄じいが、グラスを食べるたびに、彼女達から、大拍手や大歓声が贈られる為、彼は次第に、有頂天になっていった。

私はこれまで、自分の仕事でフィリピンに出張で来ていた頃、日本に帰って来る度に、本場PPのの話を彼に聞かせてきた。
別に、私に悪気はなかったのであるが、毎回聞かされる方にとっては、溜まった物ではなかったのであろう。

目を輝かせながら、私の土産話に耳を傾ける彼を前に、私はいつも得意になって、PPの素晴らしさを、話して聞かせていた。
何せフィリピンでは、どこで飲もうが全てPPである。
楽しいに決まっている。

そうして頭の中で、フィリピンパラダイスの妄想を、膨らまし続けた鉄じいは、私がフィリピンに来て3年目、私の跡を追いかけるようにして、来比してきたと言う訳であった。

さて、問題の夜が来た。

私は、殆んど毎夜といっていいほど、近所の連中と一緒に酒を飲むのが、日課になっていた。
集まる連中は決まっていて、先程の空港ポリスのボーイ、米屋のボン、食堂のレイ、電気屋のサル
サルといっても猿のサルではない、セサールという本名を縮めた名前だ。

そしてもう一人の男、『ダン』である。
パラニャキのポリスであり、バランガイにも勤務をしている彼は、この物語にも重要な役割を果たすので、この際少しだけでも、彼について説明をしておこう。

彼は、当時私が住んでいたバクラーランの、アパートのオーナーでもあった。
今でも11年来の付き合いで、お互いに性格の隅々まで、知り尽くしている仲である。

性格は至って真面目で、正義感が強く、ここのポリスにしては、ちょっと珍しいくらいの男だが、度外れた女好きなのが、唯一の欠点だ。
困っている人々には、常に手を差し伸べてやっているので、貧民街の連中からは、特に慕われている。

私も何度か助けて貰っているのだが、話すと、物語が逸れてくるので、ここでは割愛する。
その彼が、私の部屋を訪ねて来て言った。

『こんばんわパレ、部屋にいるのかい?』
『パレ』というのは、この国の独特な仕組みで、洗礼式や結婚式などで、お互いに、二ノン(男)とか二ナン(女)とか呼ばれる仮親同士になった者が、呼び合う名称のことである。

男同士なら、『パレ』、女同士なら、『マレ』、と呼び合うが、同じ仮親同士でも、男が女を呼ぶ場合は、『マレ』、女が男を呼ぶ場合は、『パレ』、と呼ぶ。

通常、仮親制度は、地方のある一部で、数に制限がある所もあるが、大体に置いては、頭数が揃えば問題ないという場合が多い。
二ノンと二ナンで、総勢30人というのも珍しくない。

『ダン』とは、彼の息子の洗礼式に私が、二ノンとして立ち会ったことから、『パレ』、の関係になった。
先程述べた私の飲み仲間も全て、『パレ』の仲間である。

村落主義の、この国ならではの慣習といっていい、この儀式は、その地域の住人同士のつながりを密接にするという、大きな役割を果たしているように思える。

さて、その『ダン』が、私の部屋をノックしながらそう言ったので、
『いるよ、ちょっと待って』
私は立ち上がって、ドアを開けて彼を迎え入れた。
ダンを部屋へ招じいれると、私は彼に『鉄じい』を紹介した。

『パレ、これが私の日本でのベストフレンドの鉄だ。 宜しくしてやってくれ』
『ああ、あなたが、「てちゅ」さんですか!?、「ダン」です。宜しくお願いしまーす。』
流暢な日本語で、ダンが挨拶をした。

彼は、2回ばかり、日本に行ったことがある。
ポリスの癖に、長期休暇を取り、観光ビサで来日し、各半年間づつ、飲み屋でバーテンの仕事をしていたらしい。
その頃は、日本の入管もあまり厳しくなく、簡単にビサの延長も出来たというから驚きである。

ダンは鉄のことを、「てちゅ」、と言ったが、フィリピン人は何故か、『つ』、の発音が苦手である。
通常『ちゅ』と訛ってしまう。

それはさて置き、鉄じいもそれに答えた。
『てちゅです。こちらこそ宜しゅうに』
ダンは、私と鉄じいとの顔を、交互に見ながらこう言った。

『今晩8時ね、米屋さんの前で、「てちゅさん」のかんげかいするね。 皆もあちゅまる、あなたたちも、だいじょーぶね!?』
あやしい日本語でダンがそう言うと、鉄がすかさず、
『だいじょーぶある、 「てちゅ」嘘つかない、必ず行くある、行くある。』
インディアンか、中国人のようなような口調で、答えた。

ダンが去った後、私は鉄じいの袖をとって、くどくどと念を押した。
『じいさん、ここの連中は気はやさしいけどプライドは高いから、あくまでも、言動には、絶対気をつけてね!!』
『わかっとるがな、心配ない、問題あるー、まあわしに任しとき』
『..........』

不安が頭の中を、思い切りよぎったが、(昼間のこともあるし、いかに鉄じいといえども、まあ大丈夫だろう)、と思ったが、その考えが、思いっきり甘いと思い知らされたのは、それからたった2時間後のことであった。

続く

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鉄じいがゆく 3_ウエルカムパーティ Part 2 [鉄じい]

夜の8時になったので、私は鉄じいを伴って、米屋のボンの店に向かった。

向かった、と言っても、歩いてわずか2分だ。
米屋のボンは、少し華僑の血が入っているようで、少しお腹は出ているが、福々しい顔をしている。

店舗面積わずか20m2くらいの、こじんまりしたスペースだが、毎日4tトラック山盛り一杯に、米が 運ばれてきて、それが全部一日のうちに捌けるというのだから大したものだ。

月商、4ミリオンから5ミリオン以上、というのもうなずける。
この人の商売の特徴は、掛売りOKというところだ。
大口のレストランなどは勿論、商売をしている所には、無条件で掛売りで販売している。

さすがに一般客に販売する場合は、現金売りだが、少し顔見知りになると、一俵単位であれば、  掛売りでも売ってくれる。

この店は、これで人気が出た。

バクラーランという下町で、しかも貧民街の多いこの土地で商売するのに、掛売りなどとんでもない、という風に考えてしまいそうだが、それを逆手に取って、掛売りOKにしたところに、かれの着眼点の素晴らしさを感じる。

当然集金の焦げ付きも、数ミリオン程度出ているらしいのだが、商い全体のボリュームが大きい為、本人は至って、気にも留めていない。

米屋に着くと、既にメンバーは揃っていた。
店は夜10時までで開店中だが、そんなことはいつもお構いなしで我々の宴会は始まる。

今夜のメンバーは、前述した通りで、ダンとボン、電気屋のサル、食堂のレイ
空港ポリスのボーイは、仕事の関係でいつも遅刻だ。

ダンとボンとボーイは既に紹介したので、後2人の紹介もしておこう。

電気屋のサルは、敬虔なクリスチャンで超真面目、工夫好きで、色々な電気製品の修理は勿論、 三相のトランスフォーマーなども自作で作ってしまうような、優秀な技術をもった男だ。

只、生き方はすごく下手で、家電の修理で生計を立てていたのだが、せっかく修理しても、請求をするのに抵抗を感じるのか、あまり厳しく取り立てなどしない為、取り洩れが多く、何時まで経っても 貧乏暮らしを続けていた。

幸い現在は、私の紹介で首都圏のある日系企業で、電気技術者として働いている。
現在のサラリーマンの方が、彼にとってはよっぽど気楽に見え、生活も安定して来て、少し太り気味になって来たが、この当時はまだ、下町の電気屋さんにすぎなかった。

食堂のレイは、人の3倍くらいありそうなお腹をしていて、豪快に笑う愛嬌者だが、世話好きは天下 一品、食べ物をねだって来る浮浪者でもいやがらずに、時々食堂の隅で飯を食わせてやるなどの、こころ優しい男だ。

お腹の大きさからも想像出来るように、食い物には目が無く、食堂を経営している位だから、酒のつまみは皆、いつも彼にまかせていた。

空港ポリスの『ボーイ』は、案の定、まだ来ていなかった。
米屋の前に、丸いテーブルを置き、長いすを対面に配した臨時の酒場で、いよいよ酒盛りが始まった。

我々はSMB(サンミゲルビール)を、それぞれ片手に持ち、高々と挙げて乾杯をした。
『Well Com てちゅさん、ようこそ いらっしゃいませー、かんぱーい』
リーダー格のダンが、日本でバーテンとして働いていた経験を生かし、日本語で音頭をとった。

今日のつまみは、レイの18番、シーフードの青唐辛子炒めだ。
えび、いか、魚、タホン(ムール貝)をでっかい中華鍋で炒めて、豆鼓を入れてコクを出し、青唐辛子をそのまま入れて、酒、しょうゆで味付けした物だ。

これが、めっぽう美味いときている。
それもそのはずで、レイは若い頃、世界の海を駆け回る、貨物船のチーフコックをしていたのだ。

世界各国の料理に堪能なので、自分でそういう、ハイカラなレストランでも開けばよかったであろうに、単なる町食堂の、親父のままでいるのは、不思議なことである。

聞けば以前、稼いだお金を元手にして、レストランを開業しようとしたらしいのだが、人に騙されて、全財産持っていかれたことがあるらしい。
実現すれば、必ず成功したであろうに、惜しいことだ。

私は鉄じいに、皆のことを一通り紹介すると、鉄じいにも、みんなに自己紹介するように促した。
鉄じいはおもむろに立ち上がると、
『アコ シー てちゅ さんきゅー さんきゅー ベリまっちょ』
と挨拶をした。

『おー、てちゅ、てちゅさーん、よろしくお願いしマース、もいっかい、かんぱーい』
再びダンの音頭で、盛大な拍手が起こり、座はいっぺんに賑やかになってきた。

皆もだんだん打ち解けてきたのか、しきりに鉄じいにビールを勧めている。
『おいしぇー まさらっぷ まさらっぷ』
初めて飲むフィリピンのビールと旨いつまみに、鉄じいはすっかりご機嫌で、自分の知っている限りのタガログ語をすべて駆使し、一生懸命みんなと話をしながら、ビールのボトルを、どんどん空けていった。

鉄じいにしてみれば、初めて来た国で、しかもいかに私がここに居るとはいえ、考えもしなかった 大歓待を、受けたのだから、嬉しくない筈はない。
ほとんど有頂天になったのか、いつもに増して、ボトルを空けるペースが早いようだ。

この時までは、私は何ら心配をしていなかった。
鉄じいの酒量を知っていたし、まあ一人で一ケース飲むくらいは、朝飯前の男だった。

みんなが大いに盛り上がっている頃、空港ポリスのボーイが帰ってきた。
私は、彼に昼間の礼をいい、改めて鉄じいを紹介した。
鉄じいも、さすがに昼間のことが照れくさかったのか、彼には丁寧に頭を下げて握手をした。

そうこうしている内に、3ケース目のビールのケースが運ばれてきた。
ボーイを加え、話はいよいよ盛り上がってきている。

私も嬉しかった。
みんなが優しく鉄じいを受け入れてくれて、昼間から続いていた多少の不安は、すっかりと何処かへ吹き飛んでしまっていた。

安心した時、ふと思い出した。
今晩中に仕事のことで連絡を、どうしても取らないと、いけない所があったのだ。

私は、事情をダンに話し、鉄じいのことを頼み、皆に中座を詫びて、一先ず家に帰った。

意外と電話が長引いて、30分近くたった頃、ドアを激しくノックする音が聞こえて来た。
『パレ、パレ、た、たいへんよ、あ、あなたのともだち、た、た、たいへん』
ダンが外で、大声でわめいている。

私は急いで電話を切ると、ドアを開け外に飛び出した。
ダンも慌てているのか、先程の酔っ払い顔が、すっかり青ざめていた。

『ど、どうしたんだ、な、何があった???』
私もダンの尋常でない顔色に、動揺しながら尋ねた。
『い、いいから、は、早くもどって、おねがい、てちゅさん たいへん』
『.................』
ともかくも、たいへんな事態が起きたのだけは間違いなかろうと、私とダンは走って米屋の前まで戻った。

そこで見た物は...............。

明日に続く

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鉄じいがゆく 4_ウエルカムパーティ Part 3 [鉄じい]

米屋の前に、黒い人だかりがしていた。
私は急いで集まっている人々をかき分け、前へ進んだ。

鉄じいが、上半身裸で口から血を流しながら横たわっている。
私は慌てて彼に駆け寄った。

『て、鉄じい、鉄じい、どうしたの!?どうしたの!?』
しきりに身体を揺すってみたが、反応が無い。
しかし呼吸はあるみたいで、どうやら生きてはいるらしい。

『一体どうなってるんだ!?』
私は、鉄じいの周りを囲んでいる、彼らに聞いた。

『い、いやあ実は.............』
食堂のレイが、何か云いかけて口ごもった。
何となく、落ち込んでいる様子だ。

『な、何なんだ、何をみんな隠してるんだ!?』
『そ、それが実は.............』
米屋のベンが、どもりながら答えた。

『じ、じ実はボーイから、テチュが今日来た飛行機の中で、グラスを食べたって話を聞いたのだけど、みんな嘘だろうって、誰も信じなかったんだ。』
『.................』
『それを聞いたテチュが、「おお、あこ グラス食べる、だいじょうぶね おいしい、まさらっぷ」、と言って、テーブルの上にあったガラスコップを、いきなりバリバリ食べ始めたんだ。』
『うーん............』

要するにこうだ。
みんなボーイから昼間の話を聞いたけど、誰も信じなかった。

鉄じいが、グラスを一個平らげたにもかかわらず、レイが
『あれは嘘だよ!!、マジックだよ、マジックに決まってらあ』
何て言ったものだから、鉄じいが意地になったらしい。

『ノーノー、マジックちゃう、ちゃう、ちゃいまんがな、コップ モアモア プリーズ
などと鉄じいが言い張り、しつこくグラスを要求したもので、仕方なく米屋のボンが、奥からもう5個もコップを持ってきたらしい。

それを鉄じいは、マジックでないことを証明する為に上半身裸になり、4個まで平らげたらしいのだが、残り1個になったところで、いきなり口から血を噴出し倒れたらしい。

『あっ.........』
そこまで聞いた私は、(やりやがった、この調子にのり平が)、と思った。

鉄じいの本名は、『OOのり平』である。

小さい頃から、何か調子に乗って悪いことをすると、鉄じいの母親が、
『こ、こらっ、この調子にのり平、何さらすねん』
などと言って叱り飛ばしていたらしい。

大人になっても、相変わらずの、『調子にのり平』のままであるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
一刻も早く、病院へ運び込むのが先決だ。

ダンが、バランガイ事務所に連絡してくれたみたいで、間もなく救急車がやって来た。
私と一行は、鉄じいを救急車に運び込み、みんなで乗り込んだ。

酔いなど皆、とっくにどこかへ吹き飛んでいる。

ダンの指示で我々は、PGH (Philippine General Hospital)へ向かった。
PGHは、国が経営している病院で、フィリピン国民であれば殆んど無料で診てくれる。
しかし外国人の場合は、寄付という名目で請求されることもあるらしい。

夜の11時を廻っていたので渋滞はなく、10分位で病院に到着し、ER(エマージェンシールーム)に通された。
先客が何人かいたが、こういう事態に慣れたダンの交渉で、真っ先に鉄じいを診てくれることになった。

50歳くらいの初老の医者がやって来て、ダンに尋ねた。
『どうしたね!?、この患者は』
『ええ、先生................』
ダンはさすがに言い出しにくいようだ。

『ええ!?、何だね?、早く言ってくれないと、後が支えておるんだよ』
『じ、実は......先生』
ダンが意を決したように、答えた。

『実は先生、この人が酔っ払って、ガラスコップを5個も食っちまったんです。』
『....................』
『そうしたら..........』
そこまで言うと、いきなり医者が、ダンの顔の前に手を差し出し、ダンがしゃべるのを遮りながら言った。

『何を言っとるんだ、君は!!、わしを馬鹿にしとるのかね』
ダンはやっぱりか、という顔をして一生懸命に医者に向かって説明した。
だが、医者はダンの言うことに耳を貸そうとはしなかった。

ダンだけでは心もとないと思ったのか、みんなも口々に弁明をしてくれたお蔭で、医者もやっと、事態を理解してくれた。
『し、信じられん、全く、この日本人は何を考えておるのか、信じられん』
医者はまだぶつぶついいながら、半信半疑の様子だったがとりあえず診察をしてくれた。

しかし、こんな患者が、他に居よう筈もない。
どう処置していいのか、彼も迷っているようだ。

鉄じいの周りを、熊のようにぐるぐると回りながら、何度も「ふーむ、ふーむ」、といいながら首をかしげ続けてている。
ふと彼は、思いついたように言った。

『まあ生きているだけいいか、うん、そうだ』
そういうと、看護婦に入院の手続きだけ指示すると、そそくさと何処かへ消えていった。

皆は唖然として彼を見送るしかなかった。
医者が手におえないからと言って、逃げ出したのだ。
我々にはどうしょうもない。

どうせ何処の病院へ行こうが、結果は同じことだろうし、ここで様子をみるしかない。
そう、みんなの意見が一致した為、仕方なく皆で、病室で鉄じいを看病することになった。

続く

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鉄じいがゆく 5_ウエルカムパーティ Part 4 [鉄じい]

私の疲れは最早、体力の限度を遥かに超えていた。
何せ、昼間からのお騒がせ続きである。

ここは、鉄じいが運ばれて来た病院の一室だ。
相変わらず、彼はまだ目を覚まさない。

時計の針は、朝の5時を指そうとしていた。
米屋と電気屋は1時ごろ帰っていった。
電気屋は副業として、市場で鶏肉を仕入れ道端で販売しているし、米屋は、朝早くから店を開けなくてならない。

ボーイも仕事があるので、先程帰ったばかりだ。
ダンとレイはまだ付き合ってくれているが、疲れているのは彼らも同じであろう。
床の上に寝転がって、いつのまにかグーグーと鼾をかきながら、眠っている。

ウトウトしている内に、私も何時の間にか眠ってしまったようだ。
夢の中で鉄じいが、裸で神輿を担ぎながら踊っている。

私はそれを追い掛けようとするのだが、中々鉄じいに追いつかない。
しびれを切らした私は、思いっきりジャンプをして、鉄じいの肩にのしかかった。

よしっ、捕まえた、と思った瞬間に目がさめた。
エアコンのすごく効いた部屋なのに、何故か私の身体は汗でびっしょりと濡れていた。

外はすっかり明るくなっている。
時計を見ると、もう8時になっていた。

ふと鉄じいのベッドを見た。
い、居ない!!

寝ている内に、何処かに移動させられたのだろうか!?
ダンとレイは、相変わらずの大いびきで、眠ったままだ。

私は慌てて起き上がると、急いで病室の外へ出て、ナースセンターに向かった。
ナースセンターにいた看護婦に聞くと、鉄じいのことは、何にも知らないと言う。

私は再び病室へと戻った。
な、なんとそこには、ベッドの上に座ってタバコを吸っている、鉄じいが居た。

『て、て、鉄じい!!!』
私は大きな声で叫んだ。

『て、鉄じい、どないしたん!?、どこに居りましたねん?』
『んっ........何で、ウンコ行っとりましてん』
『ウンコやあらへんがな、どないしたと思うてはんのや、あんた、ここは病院でっせ!!、全然覚えて無いのん?』
『.......いやあ何にも覚えてへん、何でわしが病院に居んとあかんねん!?』

鉄じいは、何も覚えていないらしい。

私が昨日の顛末を、話して聞かせると、
『ああ、それや』
突然鉄じいが、自分の手でひざを叩きながら。大きな声を出して叫んだ。

『それやからどうも、さっきのクソの中に、仰山ガラスの破片があったし、奥歯が痛い思うた。』
鉄じいは、自分の口を大きく開けて、私に見せた。

奥歯が二本、欠けて血がにじんでいた。
口から血が出ていたのはこれだったのだ。

『鉄じい、身体は何ともあらへんの?』
『身体って、わしのけ?』
『じいさん以外に誰がおまんのん!?』
『わしは平気や、そやけど昨日のガラスコップは、えろうごっつーて、よう噛み切れんでなあ、苦戦したがな』

『誰が又、ガラスコップ食え、言いましたねん!?、ええ、じいさん、あんた、来たばっかりでもうこれや、俺ももう面倒見切れん。』
『...............』

『それに、見てみなはれ』
と、寝ている二人を指差して、
『みんな心配して泊まって看病してくれたんやで、救急車も呼んでくれて、あんた一体何考えとんのん!?それからなあ、それから........』

私のあまりの剣幕に鉄じいも、だんだんと夕べのことを、思い出してしてきたのか、声が小さくなり、次第に体も縮めながら云った。

『ごめん、ごめん、本当にもう2度とせんと誓うさかい、堪忍や、堪忍』
鉄じいが、あまりにしおらしくいうものだから、私は一先ず怒りを納めておいて、寝ている2人を起こして、とりあえず、病院を出ることにした。

起きた二人も、鉄じいが何とも無くピンピンしているのを見て、目を白黒とさせている。
病院の支払いもダンに任せたが、ドネーションということで、鉄じいの財布から2000ペソ出させて支払った。

病院を出る前には、看護婦にしっかりと病室でタバコを吸ったことを、咎められたが、鉄じいには、何のことかはわからなかった。
鉄じいの、頭と身体の仕組みは、一体どうなっているのだろうか!?。

結局、私とダンは、仕事を休む羽目になってしまったが、その日の夜、鉄じいが皆に迷惑を掛けた詫びにといって、ビールを沢山買ったので、またまた宴会になってしまった。

みんなも、鉄じいが大事にいたらなかったので、ほっとしたが、次からはきっと腫れ物に触るように扱うに違いない。

その夜は、さすがに暴れるようなことはなかったが、鉄じいが皆より一番沢山食い、ビールを飲んだのはいうまでも無い。

他人のことを、自分の杓子定規に当て嵌めて考えるのは、とんでもない間違いである、と改めて認識してしまった。

次回つづく!!!

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鉄じいこぼれ話し_本能と煩悩 [鉄じい]

今日のテーマは、鉄じいこぼれ話だ。

月曜日から更新する、『鉄じいがゆく_女編』を前に、鉄じいについて、もう少し掘り下げて、考えていきたいいと思う。

フィリピン人は【本能】で動く、と本文の中で、再三述べてきたが、鉄じいの場合は、本能ではなくて【煩悩(ぼんのう)】で動いていると云えよう。

云い忘れていたが、寺の僧侶の子として育った鉄じいには、もともとすぐれた教養があった。
仏教を中心とした、哲学論や人生論を語らすと、彼の右に出るものは居ないほどの学識もある。

もちろん善悪の判断というか、そういう常識的な部分も、一倍あったといっていい。
ただそれ以上に、彼は煩悩の人であったのだ。

知識が無い故に、欲望に任せてしまう【本能】と、知識はあるのだが、それをも勝る【煩悩】、との違いだが、本能で動いている人は、もともと善悪の知識がないので、反省もないのだが、鉄じいの場合、自分で揉め事を起こした後は、痛烈に自己反省するのである。

痛烈に反省する割には、同様なことを、何回も繰り返してしまうのだが、【煩悩】で動いている以上、それもやむを得ないような気もする。

鉄じいのような男は、社会の枠に嵌らないというだけで、変わり者のレッテルを世間から貼られがちだが、鉄じいからみると、世間の方が彼をことを、理解出来ない馬鹿者に見えていたのかもしれない。

どちらが、どうとも云えない部分はあるが、彼が他人の評価など、はなっから気にもかけない人物であったのは、確かである。

『フィリピン就労日記』、というタイトルから脱線してまで、彼の物語を書いていく理由の一つに、この男の行動を通して見えてくる、フィリピン人にも興味があるからなのだが、【本能】と【煩悩】のぶつかり合う所に、奇妙な接点が生まれてくるのも、見逃してはならない。

これからの物語の展開から、鉄じいの本質が明らかにされてくるが、彼がこの国の人にどう接していくのか、この国の人が、彼をどう受け入れていくのかを、共に見守って頂ければ、と思っている。

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鉄じいがゆく 6_ カレン Part 1 [鉄じい]

あの日の怒涛のような一日から、数日が経過した。

鉄じいにはもう一つ、『嵐(あらし)』、というあだ名がある。
無論、台風のような性格の男だから、一度風雲が立ち起きると、廻りの者を全てを巻き込んでしまうところから付いたものだ。

鉄じいが、この国に溶け込んでいった速さというのは、、私の予想を遥かに上回ったものだった。
元々、型に嵌まることが大嫌い、挨拶は苦手、堅苦しいことは肌に合わない、というこの男にとって、フィリピンは、まさに天国のような所に思えたに違いない。

この国では、普段の挨拶には、そんなにうるさい制約はない。
道端で、知り合いなどに出会ったら、言葉を交わす必要は無く、眉毛を少し上に動かして挨拶するのが流儀だ。

眉毛一つで、挨拶出来るというのもすごい話だが、無精者の鉄じいにとっては、これ幸いとばかり、知人であろうが、あるまいがお構いなしに、道で出会う奴全てに、眉毛挨拶の連発である。

日本では、こうはいかない。

日本の『秩序』、というのは、やれ、おはようございます、 こんにちは、 こんばんは、など、時間の区切りごとの挨拶、季節ごとの挨拶、贈答時に交わす挨拶など、数え切れないほどの挨拶で、保たれているといっていい。

そんな挨拶などは、鉄じいにとって、もっとも苦手で、煩わしいものに、他ならなかったのだ。

鉄じいは毎日、この眉毛を上に動かす練習を、日課にしながら、
『ほんまにええ国やでこの国は、サイコーや、最高!!』
などと言って上機嫌だ。

しかし、いつまでも呑気ではいられない。
仕事も探さなくてはいけないだろうし、観光ビサのままでは、最長1年間までしか、滞在を延長できない。

まあ1年経つ前に出国して、又入国してしてしまえばいいのだが、そんなことでは、いつまでたっても埒があかないし、お金も掛かる。

であれば、私と同じように日系企業で働いて、ビサもそこで取得して貰えばいいのだろうが、英語もタガログ語も出来ない上に、窮屈なのが大の苦手の鉄じいに、会社など勤まろう筈が無い。

フィリピーナと結婚してしまえば、就労自由の永住ビサでも取れようが、観光ビサのままでは、長期滞在も、仕事をするのも難しい。
鉄じいにその話をすると、突然『あっ』、と思い出したように言った。

『それや、それや、うっかりしとった。 わしには、結婚を約束した女がおんねや、先月フィリピンに帰ったばかりで、実は、わしはその娘に会う為に、ここに来たんやった』

私も、思い出した。
『ああ、そうやった、そうやった、そう云えば鉄じいがここへ来る前に、俺に電話でそう云うとったなあ、まあそら好都合だんがな、それでその女は、どこのどいつで、何処に住んでまんねん?』

『ちょっと待ってや、メモ帳いま出すさかい.......ああ在った』
鉄じいはそうい云いながら、ごそごそと自分の荷物をまさぐり、中から薄汚いぼろぼろになった、メモ帳を引っ張り出してきた。

『ほーら、見てみい、ここや、ここや』
『ふーん、どこだんねん?』

鉄じいが、指差す所をみるとそこには、まあこれでも文字かいな、と思えるようなけったいな字で、
〔名前、カレン、住所ブラカン でんわ、なし〕
と、書いてあった。

『な、何やねん、これ?』
『そやから名前やないけ、カ、レ、ン、カレンちゃんや!!』

『あ、アホかい、おっさん、そんなもんわかっとるがな、そやからその次や』
『ブ、ラ、カ、ン、ブラカンや、ブラカンのカレンちゃん、ちゅう意味や、それがわからんのかい?』
鉄じいが何で当たり前のことを聞くのか、という不思議そうな顔をして尋ねた。

『おっさん、何考えとんねん!?、たったこんだけで女の居所、どうやって探しまんねん?』
『えっ、ブラカンのカレンちゃんだけじゃあ、わからんか?、そこは、そんなに遠いねんか?カレンちゃんが、ブラカンに来てカレンゆうたら、誰で知っとるさかい大丈夫や、云うたねん』

私は段々と興奮してきて。声が大きくなってきた。
『頭おかしいんちやうか鉄じい、ブラカンゆうたら、ここから2時間以上も掛かるし、例え行ったとしても、田舎でごっつう広いねんど、人間も何万人もの人がぎょうさん住んだはる、そこをどないやって探すちゅうねん??』

私は、とことんまであきれ果てて、そう云った。

『ほ、ほうやったんか、そらどうしよう、こら困ったがな、カレンちゃんが、わしがフィリピンに来るまでに、嫁入り支度せなあかんちゅうから、支度金として300万円渡したがな、今更連絡取れへんで会えんかったら、カレンちゃん、がっかりして泣くがな』
鉄じいの顔が、半泣きになってきた。

『お、お、おっさんアホか、そらあんた騙されとりまんがな、考えてもみてんか、ほんまに結婚したかったら、ちゃんとした住所を渡すし、自分の家に電話がのうても、誰か友達の家の電話番号とか、携帯番号でも教えてくれるわい』
『.....................』

『しかもやなあ、ふつう鉄じいのことを愛しとったら、結婚の為に300万円の支度金呉れ、ちゅうなどとは、絶対に云わしまへんがな』
『ほ、ほ、ほうか、わ、わしは騙されとったんか?』

力を落とした鉄じいが、しゃがんだまま目をうつろにしたまま、そう云った。
私は、次第に鉄じいが、可哀相になって来た。

「こんな人のいい鉄じいを、騙したりして許せん、絶対に探し出してやる。」
私は、自分の心にそう誓った。

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鉄じいがゆく 7_ カレン Part 2 [鉄じい]

その日から私の情熱は、鉄じいを騙して、お金を巻き上げた女を、捜すことに向けられた。

鉄じいが通い続けていた日本のPPの名前は、『まんまん』、という変わった名前のクラブである。
幸い鉄じいがその店の、電話番号が書いてあるライターを持っていたので、さっそくそこへ電話をしてみることにした。

時間は、クラブが開店する前の、午後7時前のことである。

私が電話をしようとしたが、鉄じいがするといって聴かないので、仕方なく彼に任せることにした。
『もしもし、店長いてる?』
鉄じいが、電話を受け答えたクラブのボーイに、そう云った。

暫くして、店長らしき人物が電話を代わって出た。
『はい、もしもし「クラブまんまん」の店長です。』
『店長、わしや、わしや、鉄や!!』
『て、て、て、鉄様』
何を怯えているのか、受話器の向こうで店長の声が、心なしか震えているようだ。

『そうや鉄やがな、ところで、お前んとこに居った女は、このわしによう仕掛けて呉れたのう』
『な、な、な、何をですか?』

鉄じいの低い声に、店に対する脅しのような口調を感じたのか、店長の声の震えはますますひどくなって来た。

『とぼけるなや、お前んとこに、この間までカレンちゅう女がおったのう、あれのフィリピンの住所を教えてんか!?』
『か、か、か、カレンですか?、ち、ち、ちょっと待って下さい。 さ、探してみます。』
店長は、ますます怯えながらも、誰かに命じて、カレンの記録を探しているようだ。

『す、す、すみません、ま、まだ見つかりません、も、もう少しお待ち頂けますか?』
『おんどれ、隠しとるのとちゃうんけ、早うせんとまた、店に火ィ付けたるぞ』

また店に火を付ける、と聞いて私は驚いた。

後で聞いた話だが、鉄じいは以前、その店に通い始めた頃、自分の指名した女が他の客ばかりに行って、自分の所に来ないのに腹をたて、何と店のソファにライターで、火を付けたというのだ。

成る程、鉄じいならやりかねないような話だが、それ以来彼は、その店では恐れられる存在になっていったらしい。
酔ったちんぴらに絡まれて、店で暴れた為、警察官が来たこともあったみたいである。

『か、か、か、隠してなどいません、あ、あ、ありました。』
最早店長の声は、完全に引きつっていた。

『わかった、早よ云え!』
『い、い、云いますよ.........』

鉄じいは横文字に弱いので、私が電話を代わって、住所を書き留めた。
カレン レイエス、彼女の本名だ。
どうやら、店でも源氏名ではなく、本名を使っていたらしい。

住所は、ラグーナのカランバという所になっていた。
鉄じいに教えた住所には、マニラから北方のブラカンになっていたが、本当は、南方のラグーナだったのだ。

これをもってしても、彼女が鉄じいのことを騙したことが、わかるであろう。

そのことを彼にに伝えると、いきなり大声をだして鉄じいが叫んだ。
『よっしゃあ、ほたら行くでえ』

鉄じいが、今にも駆け出しそうなこえで云うので、私はたしなめた。
『もう今夜は無理や、あさっての日曜日は俺も仕事が無い。朝から、探しに行けばよろし』
ということで、次の日曜日に、カレンを探しに、ラグーナのカランバという所に行くことになった。

この波乱の模様は、明日に続く!!

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鉄じいがゆく 8_ カレン Part 3 [鉄じい]

日曜日の朝がきた。

私も早起きだが、鉄じいはのは極端だ。
夕べも夜中の12時まで大酒を飲んでいたというのに、もう朝の5時ごろからゴソゴソし始めている。

『おじさん、おじさん、はよう起きたれや』
鉄じいが、私の身体を揺り起こす。

彼は、私のことを、「おじさん」、と呼ぶ。
日本時代からのことで、鉄じいが私より10歳も年上にも拘わらず、いつも私が彼のお守役をしているのと、私の顔が、実際の年より老け顔なのでそう呼ぶのだ。

『うーんまだ早いがな、こんな朝早う起きても、まだダン達は寝とる。 もうちょっと寝かしてんか』
私は、少し起き上がったが、又再び横になりながら云った。

『今日はカレンちゃんに会える日やんか、早う起きて、めし食て行こ!行こ!!』
『て、鉄じい、まだカレンに未練があるんちゃうの?』
私は再び起き上がって彼に云った。

『うんにゃ、うんにゃ、ない、ないがな! せやけど遠いとこ行くんやろ、ほない急がなあかんがな』
『................』
私は、渋々起き上がると、顔を洗い、ダンたちを起こしに行った。

昨夜の宴会の時、彼らにカレンの話をすると、我々二人だけでは心配だからと言って、ダンとサルがついて来てくれることになったのだ。

電気屋のサルは、私の部屋の隣に住んでいた。
普段は、本業である家電製品の修理全般が仕事だが、副業として毎朝市場から鶏肉を仕入れ、道端で販売しているのは既に述べた。

今日は、日曜日なので休暇日である。

毎朝早く市場にいくのが習慣なので、幸い彼はこの時間には起きていた。
私の友達の中では最も穏やかで、誠実な性格を持つ彼が、ついて行ってくれるというのは非常に有難い。

ダンもポリスであり、揉め事にも慣れていて、交渉能力にも優れているから、いざ事になった場合に、脅すにも宥めるにも役立ってくれるだろう。

叩き起こすのは申し訳なかったのではあるが、鉄じいが、余りにうるさく急かすため、ダンの家のドアを叩き、無理やり起きてもらった。

出てきたダンは
『ふぁー、おはよーパレ、テチュさん』
眼をしきりにこすりながら、彼が言った。

『ダン、ごめんよ。 テチュが朝から興奮していて早く、早くってうるさいんだ』
『OK大丈夫ね、問題なーい、心配あるー、お金なーい』
と相変わらず訳のわからない日本語でダンが答えた。

4人はそそくさと、近所のタプシハン(軽食堂)で、簡単に食事を済ませると、ダンの運転するミニジープに乗り込みいざ出発となった。

我々は、パラニャキのスーカットから、南ルソン高速道路にのり、一路ラグーナのカランバに向かった。

鉄じいは、何時にも増して興奮状態ではしゃいでいた。
私はそれを見ていて、食堂のレイがついて来ないでよかった、と思った。

レイは明るくて、すごくいい奴なのだが、鉄じいと同じように調子に乗ると止まらない傾向があり、下手に鉄じいと同調でもされたら、大事に至りかねない。

昨夜は、一緒に付いて行くといって聞かなかったのであるが、ミニジープはせいぜい4人しか乗れないので、お腹の大きさだけで人の3倍もある彼には、遠慮して貰ったのだ。

バクラーランから、ラグーナ.カランバまで高速道路を使って約1時間半位だ。
南ルソン高速道路、というのは、知らない人が聞くと、日本の高速道路を思い浮かべてしまうかもしれないが、実際は、日本の有料道路と名がつく所の方が、まだ程度が良いぐらいだ。

鉄じいは何が嬉しいのか、さっきから鼻歌を歌っている。
堪りかねて私が、
『鉄っつぁん、ええ加減にしなはれ、遊びに行くのちゃうでー』
と言うと、
『おっおおー!わかっとる、わかっとるがな、フィリピン来てからの初めての遠出や、ちょっと位かんべんしたってーな !!』
『でも、.................』

考えてみると、彼にとって見ればフィリピンは、バクラーランの家の近所と、この間担ぎ込まれた病院しか知らない。
はしゃぐのも無理は無い。
そう思うと私は、鉄じいの勝手のままに放っておいた。

我々の乗っているミニジープは、Owner Jeepといい、この手の乗物は、何故かしら殆んど、ポリスが所有者になっている場合が多い。
ダンもポリスだから、勿論この車を愛用している。

そうこうしている内に、カランバに到着した。
高速道路を降りた我々は、カレンの住所のあるバランガイを目指した。

ダンはいきなりカレンの家に行くのは危険だ、と云うので、先ずバランガイ事務所を尋ねて、カレンの家の情報を、仕入れてみることにしたのである。

明日に続く!

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鉄じいがゆく 9_ カレン Part 4 [鉄じい]

何度か人に尋ねて探した結果、とあるバランガイホールに着いた。

我々は、今日は日曜日なので、人が居ないかと心配したが、幸いに数人の男たちが、詰めていたので助かった。
その中の一人に、ダンが尋ねて云った。

『最近日本から帰ってきたばかりだと思うんだが、カレンという女を知らないかい?』
『カレン?、ああ知っているよ! 俺の家の近所だ。 カレンがどうかしたの?』
『いや、ちょっと聞いてみたまでだ。 ところでカレンは今どうしてる?』
『うん、何でも日本で大分稼いだみたいで、養豚場を経営するらしく、あちこちその筋に詳しい人間を探していたぜ』
『ああそうか、どうも有難う、ところで、彼女の家を教えてくれ......』

ダンは礼を云って彼女の家のありかを聞き出すと、さっそくみんなでそこへ向かった。

カレンの家は簡単に見つかった。
外見はみすぼらしいが、隙間から覗くと、中は家具や電気製品が詰まっているようで、割と裕福そうだ。

『タオポ(ごめんください)』
ダンが、何度か叫んだが何の反応も無い。

たまたまそこを、通りかかった10才くらいの小僧に聞いてみた。
『カレンの家は誰も居ないのかい?』
河童みたいな頭をしたその小僧は、憎々しげな顔をして答えた。

『カレンねえちゃんなら、いねーよ、何でも豚を飼う仕事で人に騙されて、そいつを追いかけて行ったらしくて、今朝早くから留守さ』 
『そいつは、本当か?』
『ああ、本当だよ! カレンねえちゃんの家と、おいらの家とは親戚なんだから。 うちのとうちゃんがその話をしてるのを聞いたんだ。 嘘だと思うんなら、おいらのとうちゃんに聞いてみな』

どうやら、雲行きが怪しくなってきた。
このままでは埒が開かないので、我々は小僧の家まで案内して貰い、小僧の父親に話を聞くことにしたのである。

小僧の家は、そこから150メートル位離れた所にあった。

カレンの家の数倍も貧しそうなその家に、我々一行は小僧の案内で入って行った。
幸いカレンの伯父と名乗る、小僧の父親は在宅していた。
彼が話した、詳しい話とはこうである。

カレンは、鉄じいから騙し取った300万円や、他に日本で稼いだお金を持って、意気揚揚とフィリピンの自宅に帰ってきた。

彼女を出迎えたのは、彼女の夫と3歳になる男の子、そして年老いた母親だった。

彼女にはやはり、夫と子供が居たのだ。

彼女の夫はジョセフといい、元々は、シーマンで各国を跨ぐ一人前の船乗りであったのだが、3年前、まだカレンのお腹の中に子供が居た頃、ロンドンで積荷を降ろす作業中、誤ってロープが切れ、重量2トンという貨物が、彼の右足を直撃したらしい。

その時、右足切断を余儀なくされたジョセフは、それから無職になり、お定まりのストーリーで、奥さんであるカレンが働きに出るしかなかったのである。

本来なら、船員保険、SSSなどの保証があるはずなのだが、パスポートの取得の時、イミテーションの書類を使った為、バレるのをおそれて、それらに加入していなかったらしい。

今回カレンにとって日本は2回目だったのであるが、家族には、鉄じいのことなど何一つ話さず、只お金持ちのお客がカレンのことを哀れんで、金を施してくれたことにしていたらしい。

そうしてそのお金でカレンは、この国では手堅いと言われている、養豚場の経営をしようと思い立ち、そのことに詳しいという人を、知り合いに紹介して貰ったらしいのだが、そいつに騙されて、まんまと鉄じいからせしめた300万円を、ほぼ全額騙し取られたらしいのである。

『それで、騙した男っていうのは、何処のどいつなんだい?』
ダンが小僧の父親に聞いた。

『それが、ここから南のバタンガスの方の奴さ、何でも奴の所有している養豚場を処分するとかで話を持ちかけてきたらしいんだが、実際は、奴のじゃあなくて、奴のおじさんの所有だったんだ。
奴は単なる使用人で、書類を偽造して如何にも奴のものに見せかけて、まんまと金をせしめたのさ!』

悪銭身につかずとはこのことだ。

カレンも鉄じいを騙したまでは良かったが、結果そのお金を全部巻き上げられてしまった。
彼女こそいい面の皮である。

騙されたのが分かった彼女たちは、養豚場の本当の所有者、つまり騙した男の伯父に奴の居所を糺す為に、家族でバタンガスまで出かけたらしいのだ。

我々は、カレンの伯父には日本から客が訪ねてきたことにして、彼の家で、カレンたちの帰りを待たせて貰うことにした。
夕方近くなって、カレンたちが家に戻って来たと、連絡があったので、早速、皆で彼女の家に向かった。

この恐ろしい話は、明日に続く!!!

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