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鉄じいがゆく スペシャル その十 [鉄じい]

血相の変わった鉄じいの顔を見て、グレンは、わなわなと震え始めた。
余程、恐ろしかったのであろう。
顔を引き攣らせていたが、やがて部屋の外へ、脱兎のごとく駆け出して行った。
鉄じいも、その後ろを追いかけていったが、私が引き止めようとしたが、あまりに早い二人の行動に、私の身体の反応が、追いつかなかった。

慌てて、私が追いかけると、グレンは客のところに行き、その後ろに隠れるようにしゃがんでいる。
客も、どうしたらいいのか分からずに、ただただ、おろおろしているだけのようだ。
他の客も、店のスタッフも、固唾を呑んで、遠目から、ただただ事態の成り行きを見守る他はない。
鉄じいは、真っ青な顔を、客の後ろにいるグレンに向けたまま、悲しそうな顔をしていたが、パッと隣のテーブルの上にあったガラスコップを手に取ると、『うお~』、と叫びながら、バリバリと齧り始めた。

これには客も、グレンも、スタッフや、勿論私でさえ、全員驚愕してしまった。
その証拠に、みんな一斉に、店の外に飛び出してしまったほどである。
私でさえ、初めて目撃したのであるし、これは気が狂ったなと、思い込んだのも無理はなかろう。
恐ろしくて、誰も中に入るのが躊躇われた。
30分ほどして、通報を受けたのか、パトカーがやってきて、警官が一人降りてきた。

警官は、店のスタッフから説明を受けて半信半疑な顔をしていたが、中にいるのが鉄じいだと知ると、「ああ、またあの人か・・・」とつぶやきながら、空を見上げた。
後から分かったことではあるが、鉄じいが暴れて(今回はコップを齧っただけで、暴れていないが)、パトカーが呼ばれるのは、一度や二度のことではないらしい。
PPでは初めてだが、他の飲み屋では調子に乗りすぎて、ちょくちょく喧嘩を売られるらしい。

鉄じいは、喧嘩で空手を封印されているので、それは使えないが、それでも時々手が当たってしまい、相手に怪我をさせてしまうことが、多々あるらしい。
そんな時は、パトカーが必ず呼ばれるのだ。
パトカーが来て、鉄じいも署まで一緒に引っ張られるが、そこで解放という運びになる。
何故なら鉄じいは、ついこの間まで、警察で空手を教えていたかららしい。

以前は、花田先生が教えていたのだが、先生が亡くなって以来、その一番弟子である鉄じいに、そのお鉢が、廻されてきたという訳である。
その関係で、鉄じいには、警察官の教え子が沢山いるという。
鉄じいに、教わってきた警官達こそ、いい面の皮だったかの知れない。
彼らの先生が、酔っ払って問題を起こしては、その面倒を見なければならなかったのだ。

今来た警官も、当然鉄じいの教え子ということになる。
私は、その警官と話をし、鉄じいの連れだと云うことを告げ、一緒に中に入れて貰うことにした。
二人して中に入っていくと、鉄じいは、テーブルに一人で座り、ガラスで口を切ったのか、血だらけの顔をしながら、酒を煽りながら飲んでいる。
見ると、しくしくと泣きながら飲んでいるようだ。

私は、この男のことが、まだまだ解ってはいなかったが、この姿を見ると男の哀愁を感じてしまい、同情というより、何とも云えぬ友情のようなものが、心の中で芽生えていくのを禁じ得なかった。
警官が、うな垂れながら飲んでいる、鉄じいに声を掛けた。
『もしもし鉄先生、大丈夫ですか?』
『ん、う、うん・・・・・・・・・』

鉄じいは、返事もろくに出来ないくらいに、酔っぱらってしまっていた。
もともと、私と一緒に相当飲んでいたのに、コップを齧ったその後に、そこのテーブルに座り込み、失恋の痛みから、そこにあったブランデーのボトルを一本空けてしまっていたのである。
わずか、30分の間にである。
酒豪の鉄じいとはいえ、30分と言う短い時間に、ボトルを一本空ける何て、人間業ではなかろう。

よっぽど、堪えたのか、その場で寝てしまった。
仕方なく、私と警官は、乗ってきたパトカーに鉄じいを乗せ、家まで連れて帰ることにしたのである。
『こうやって、私が送っていくのももう4回目ですよ・・』
警官が、溜め息をつきながら云った。
鉄じいの家に近い交番こそ、もっとも被害が多い場所であるに違いなかった。


続く・・・


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Yamachang

鉄じいの愚直で少年のように純真な恋心、
痛いほど分ります。

こんなに素直に心の葛藤を表現できればと思います。
好かれたババエには気の毒だけれど・・・

無骨で滑稽な親父の今後が気になります。
って「鉄じいが行く」を見れば分りますが・・・(プッ
by Yamachang (2008-06-27 09:39) 

junsbar

いや~台風で更新されていないと思っていたら
2話も
やはり予想通りでしたが
後の展開がちょっと違いましたね。
でも好い男だ単純だが
此処に惚れる要素あり
しかしながら困った親父でもある。
さて次回は
by junsbar (2008-06-27 12:47) 

on

伝家の宝刀を抜きましたか・・

どんなきっかけでかじり始めたんでしょうね

by on (2008-06-27 14:13) 

moimoi

Yamachagさん

純真無垢な少年が、突然大人になったような感のある鉄じいです!
周りの人は戸惑いますが、本人はいたって真面目なのですから、滑稽を感じるのでしょうね!

>無骨で滑稽な親父の今後が気になります。
って「鉄じいが行く」を見れば分りますが・・・(プッ
そう云えば、そうですね!(笑)


by moimoi (2008-06-27 14:57) 

moimoi

junsbarさん

3話ですよ!
お見逃しの無い様、お願い致します!(笑)

>やはり予想通りでしたが
怒りを女の子に向けるわけにはいきませんから、自己破壊に内攻してしまいました。
>此処に惚れる要素あり
正にそうなのです!!」


by moimoi (2008-06-27 15:02) 

moimoi

onさん

>伝家の宝刀を抜きましたか・・
すみません、ワンパターンなのですが、これが彼の持ち味です!
>どんなきっかけでかじり始めたんでしょうね
明日、その話が出てきますよ!!
by moimoi (2008-06-27 15:03) 

bodhi

こちらでは はじめましてbodhiです。

「鉄じいがゆく」 すごく面白いですね!!
昨夜こちらのblgにおじゃまして、初めて「スペシャルその九」を拝見し、鉄じいに嵌り、鉄じいシリーズをすべて拝見しました。
鉄じいもすごいけど、moimoiさんの文章がいいですね!PP行くのを忘れたぐらい没頭しました。(笑
続きを楽しみにしてます。これからもがんばって下さい!
by bodhi (2008-06-27 15:22) 

moimoi

bodhiさん

ええ、一晩で読破されたのですかぁ?(笑)
ご苦労様です、ていうか、大変有難う御座います!
>PP行くのを忘れたぐらい没頭しました。(笑
それは、それは恐縮です!(汗)
>続きを楽しみにしてます。これからもがんばって下さい!
まだ書いてないんですよ!
明日の朝、トライしてみます!!!
頑張ります!!
by moimoi (2008-06-27 18:22) 

裂空ミスキタ

とうとう出ましたな!!グラス食べちゃうやつ…(プッ

ところで、食べたガラスの破片は無事に下の穴から出るのかなぁ?…ちょっと、お下劣でした
by 裂空ミスキタ (2008-06-29 00:00) 

moimoi

裂空ミスキタさん

これが、私が始めてみた鉄じいのガラス食いです!(笑)
凄まじい驚きでした!
ガラスは、消化されずに、無事出てきますよ!!(笑)
by moimoi (2008-06-30 07:38) 

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