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『鈍すれば、貧す?』 私の憂鬱 [仕事編]

昨日は環境について少し述べた。
計画性が足りないのは、環境からくるものなのか?

今日は、フィリピン人の応用力について、考えようと思ったのだが、その前に違う話をしたい。
私は、この間のフィリピンの中間選挙以来、フィリピン国民のことを憂いている.。

最近、北朝鮮から亡命者が日本にやってきた。
最終的に、韓国に亡命を希望しているが、彼らは北朝鮮で一日おきにしか、パンを口にできなかったとか.........。

事情が違うといえばそれまでだが、フィリピンでは飢え死の話を、聞いたことが無い。

助け合い精神である地域主義のお蔭だが、その点、弱者には優しい国と言えよう。
働こうとしない(例え仕事があっっても)人間を、弱者と呼べるのかは疑問だが、そんな人間にさえ
手を差し伸べるのは事実である。

逆に強者(定義は曖昧だが、金持ちや外国人)には、容赦は無い。
クラブメンタリティの本領発揮で、隙さえあれば足を引っ張ろうとする。

『フィリピンホスピタリティー』、というのは、あくまでもその地域に暮らすフィリピン人同士の話で、
外国人に適応するとは考えない方がいい。

こういうと、乱暴なように聞こえるが、日本人に対しては、特にお金をもっていると思われているせいか、親切にしてはくれるが、何か見返りを期待して、そうしてると考えた方が良い。

そう思えば、親切にされた後、何かしら請求されても腹は立たない。
彼らは、強者は弱者に、何かを与えるのは当然だと考えている。

先般の中間選挙をみても、票の取り込みのため、候補者はあからさまに有権者に金品を与え、
有権者も当然のようにそれを受け取っていた。
彼らにとって、自分達の国を良くするということより、今すぐの恩恵が優先なのだ。

弱者のロジックとは、いつもそうしたものだが、しかし。自分達をいつまでも弱者だと、決め付ける体質にこそ問題はあろう。

やはり先ず、個人個人の意識改革というか、精神的な独立を、一人一人がするべきである。
政治家を批判したり、責任を押し付けたりするのではなく、彼ら自身が、変わっていかなければ、この国には将来はない。

私の尊敬する方に、国際アナリストで、フィリピンラサール大学の教授もしておられる、Y先生といわれる方がいる。
以前、仕事でもお世話になったのだが、そのY先生が、ご自身の著書の中で云われている。

フィリピン人は、『貧するれば、鈍す』、のではない、『心が鈍しているから、貧なのだ』、と。
もっともだと、私も思う。

フィリピン人の応用力については、明日改めて述べたい。

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